【言葉に埋め込まれたサイン】
(11)Nの法則
Nの法則【途中の[ん]はリズムを作り、終わりの[ん]は安定を作る】
日本語のなかで促音と並んで多く用いられる拍が撥音(はつおん)[ん](音素記号N)です。はねる音ともよばれ、撥音の撥は「バチ」とも読みます。バチとは琵琶や三味線の弦をはじいて鳴らすあのヘラ状の道具のことで、[ん]の音がいつから撥音と言われるようになったかは定かではありませんが、先人は[ん]の音に強くはじける感覚を覚えて撥音と名づけたのでしょう。
撥音が実際にどのようなイメージの言葉に使われているのか集計結果を見てみましょう。
[ん]:『活発な』『強い』『重い』『固い』『静かな』『穏やかな』『回転する』『丸い』
確かに、撥音とよぶのにふさわしい『活発な』『固い』『回転する』といった、はねるイメージの語に多く使われてはいるのですが、それだけではありません。『重い』『静かな』『穏やかな』イメージの語にも多く用いられていて、撥音[ん]には動と静のふたつの顔があると思われます。
がんがん、きゃんきゃん、くるんくるん、ぐんぐん、ごろんごろん、しんしん 、じゃんじゃん、ずんずん、つんつん、どくんどくん、ばんばん、びゅんびゅん、びんびん、ぴょんぴょん、ぷんぷん、べろんべろん、むんむん、らんらん…… これらは3400語から、一語中に撥音をふたつ含んでいる([ん]の効果が大きいと思われる)言葉の一部を抜き出したものです。活発な感じ、重い感じ、穏やかな感じの語が入り乱れていて、[ん]を含む語のもつイメージの多様さを見ることができます。
続いて次の表をご覧ください。
【グループA】 | 【グループB】 |
あんぐり うんざり こんがり こんがらがる しんみり じんわり すんなり たんまり てんやわんわ にんまり のんびり ひんやり ふんわり ほんのり ぼんやり まんまる やんわり わんさか |
かくん かちん がくん がちゃん がつん きょとん ぎゃふん ごつん ごろん しょぼん ずしん すぽん ちょこん どすん どぼん ぱちん ぴしゃん ぷつん |
【グループA】は言葉の途中に撥音を含む語、そして【グループB】は言葉の最後に撥音をもつ語で、どちらもほとんどが副詞です。グループによるニュアンスの違いをお分かりいただけるでしょうか。はっきりとしたイメージということではなく、あくまでもニュアンスなのですが、Aのグループからは動きや状態の継続が感じられ、Bのグループからは納まる感じや状態の停止が感じられます。つまり、言葉の途中の[N]と言葉の最後の[N]とでは役割が異なっていて、撥音が言葉の途中にある場合にはリズムを作り出し、末尾にある場合には安定を作り出していると考えられます。特に、言葉の最後に[N]が置かれている語は、データとして使用した3400語の10%を占めていて、[N]は言葉の末尾に使われる拍として最も多いものでした。
語中の[N]の例として、ワンワン・ニャンニャンをはじめとして、まんま(ご飯)・めんめ( 眼)・ねんね(就寝)・ちゃんこ(座る)・あんよ(歩く)などの幼児語が挙げられ、これらも[N]によって幼児がリズムよく言葉を発声するのを助ける役割を果たしていると考えられます。
ネーミング作成の際には、リズムと安定を生み出す[N]の性質を大いに利用することができるでしょう。 あなたの家の薬箱に入っている市販薬の名前を思い浮かべてみてください。 バファリン、ノーシン、ケロリン、エキセドリン、イブファイン、サリドン、ロキソニン、キャベジン、パンシロン、サクロン、ビオフェルミン、太田胃散、正露丸、パブロン、龍角散、ジキニン、イソジン、アリナミン、リポビタン、キンカン、トクホン、バンテリン。これらのうちのいくつかが常備されているのではないでしょうか。製薬会社がどのようにしてネーミングを行っているのかは分かりませんが、[N]で終わる名前が多いのは偶然ではないでしょう。私たちは、言葉の末尾の[N]が安定や信頼を感じさせることを感覚的に知っていて、その音の効果を利用しているのです。
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