【言葉に埋め込まれたサイン】 
 (13)Rの法則

 Rの法則【ラ行音は言葉の潤滑油】
 日本語には[K]に次いで[R]が多く使われている。こう言われてもピンとこないのではないでしょうか。(Rは「ー(長音)」の音素記号として用いられることのある文字ですが、ここでは便宜的にラ行の子音として使用します。)子供のころのしりとり遊びを思い出してみてください。ラ行の言葉は少ないと感じたはずです。
 最近では、分からない言葉があればインターネットで簡単に検索できますし、電子辞書やスマホのアプリでも調べることができるため、わざわざ分厚い国語辞典を引っぱり出してきて言葉の意味を調べるなどという場面はすっかり減ってしまいましたが、もし、手元に国語辞典がありましたら手に取ってみてください。国語辞典にはあいうえお順に言葉が収録されていて、小口(本を開くときにパラパラとめくるところ)を見れば、どの行の言葉が多いのか少ないのかが一目で分かります。収録数が最も多いのはカ行。ではラ行はというと、ヤ行やワ行と並んでほとんど収録がありません。それなのに日本語にラ行の音が多いというのですから、ラ行は語頭にはあまり使われないが、語中には使われる拍だということになります。

 言葉の一拍目(語頭)に最も多いのはカ行でした。では二拍目ではどうでしょうか。3400語のデータを集計したところ、二拍目に多く登場したのは、ラ行、カ行、タ行、サ行の順で、カ行を抜いてラ行がトップに立つことが分かりました。ラ行は、目立たず出しゃばらず言葉の中に多く含まれる音なのです。

 語中に多用されるラ行とはどのようなイメージの音なのでしょうか。
[ら]『不安定な』『明るい』『粗い』『新しい』『滑らかな』『穏やかな』『回転する』
[り]『明確な』『安定した』『鋭い』『鈍い』『遅い』『丸い』『回転する』
[る]『滑らかな』『変化する』『古びた』『余裕のある』『遅い』『長い』『太い』『軽い』『不快な』『丸い』『回転する』
[れ]『優れた』『きれいな』『古びた』『劣った』『上品な』『悲しい』『押し迫る』『心地よい』『湿潤な』『派手な』『明るい』『愛情のある』
[ろ]『広い』『細い』『鈍い』『不安定な』『汚れた』『遅い』『余裕のある』『長い』『古びた』『不安な』『容易な』『弱い』『劣った』『落ち着かない』『粗野な』『回転する』『丸い』

 ラ行音の解析結果から目につくイメージは、『滑らかな』『遅い』『回転する』。この、ゆっくりと滑るように回転する感じがラ行の特徴です。
 トヨタ自動車の車種名には、クラウン(CROWN)、コロナ(Corona)、カローラ(COROLLA)、コルサ(Corsa)、クレスタ(CRESTA)、カリーナ(CARINA)、カルディナ(CALDINA)、カレン(CURREN)、クルーガー(KLUGER)などC([K]の音)で始まるものが多いことは有名な話です。最近のトヨタ車ではかつてのような[K]の音へのこだわりはあまり見られなくなりましたが、明るさや美しさとともにメカニックな雰囲気を出すために名前の先頭にカ行を使ってきたのではないかと思われます。
 トヨタの現行車種と過去の生産車種からデータとして取り出した95の車種名のうち17車種がカ行で始まるネーミングでしたが、全体での比率は20%弱ですので、圧倒的にカ行で始まる名前が多いというわけでもありません。もちろん、他のサ行やタ行などに比べれば際立ってはいるのですが。
 ここに挙げた[K]の音で始まる車種名にもうひとつの共通点があることにお気づきでしょうか。二番目の拍がすべてラ行なのです。トヨタ車にはこの、二拍目がラ行の名前が多く、データとして使用した95の車種名のうち、セルシオ、アリオン、プリウス、オリジン、アルファード、プレミオ、グランビア、ヴェルファイア、プロナード、ポルテなど38車種、40%が該当していました。さらに、名前のどこかにラ行を含むものとなると、カムリ、スープラ、ソアラ、ターセル、ハイラックス、ラッシュ、ラウム、ランドクルーザーなどが加わり、全体の六割近くを占めています。トヨタのネーミングへのこだわりはカ行よりもラ行にあったようです。
 他の自動車メーカーではどうでしょうか。日産車にも二拍目がラ行のブルーバード、プレサージュ、ムラーノ、エルグランド、セレナ、プリメーラといった車種がありますが、それらは全体の17%ほどで、トヨタ車のように顕著な数字として表れることはありませんでした。ホンダも、エリシオン、トルネオ、バラード、フリード、プレリュードといった車種名をもちますが、これも18%ほどでほぼ日産車と同じ比率でした。
 ところが、ラ行をどこかに含む名前となると、日産車で54%、ホンダ車で41%となり、トヨタの六割までには及びませんが、各社ともかなり高い比率でラ行音を取り入れていることがうかがえます。
 ちなみに、日産車、ホンダ車では[K]の音で始まる車種名はほとんど見られませんでした(日産車7%、ホンダ車4%)。
 車のネーミングにつきましては次章でさらに別の角度から見ていくことにしますが、どの自動車メーカーにも、[R]の音がもつ滑らかに回転するイメージを巧みにネーミングに利用しようとする姿勢が見受けられます。
 ただし、[R]を使う上での注意点があります。カ行の中で[け]が異質であったように、ラ行にも異端児が存在します。[れ]です。他のラ行音と違って、日本語の言葉で[れ]の拍が丸いイメージや回転する様子を表す語に使われることはほとんどありません。車のネーミングにも[れ]が見られましたが、もし、[らりるろ]と同じ扱いで「車名にラ行を入れると車っぽくてイイ感じになる」といった感覚で[れ]を使用しているのなら、それはちょっとした勘違いだということになります。

 固くシャープな響きの代表として多用されるカ行に対して、ラ行は言葉を滑らかにする潤滑油のような役割を果たす音として日本人に好まれ使われてきたのです。ビールメーカーの「キリン」、インターネットショッピングモールの「楽天」、ポテトチップスの「カルビー」、カジュアルウェアの「ユニクロ」、複写機の「リコー」、K-POPグループの「KARA」。私たちはこれらのネーミングに、歯切れのよさや滑らかさを感じるはずです。

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