【ネーミングから見える日本人の感性】 
 (15)生まれ続ける言葉

 日々新商品が開発・販売される。新しいお店が次々とオープンし、会社が設立される。ネット上のサイトやブログ、WEBサービス、それらの一つひとつに名前があります。普段の生活の中でも、子どもが生まれれば名前をつけます。ペットを飼い始めれば名前を考えます。ペンネームとよぶほどには大袈裟なものでなくても、twitterなどネット上のサービスを利用するときにはWEB上のハンドルネームを考えたり、学校では友だちや先生にあだ名をつけたりします。一年間に生まれる固有名詞だけでも、私たちが日本語として使っている既存の言葉の数よりもずっと多いのではないでしょうか。
 しかし、これらの固有名詞が言葉として永遠に残ることはありません。歴史を変えた人物や企業なら長く語りつがれるでしょうが、ほとんどの名前は時間とともに役割を終えて短期間で消えてゆきます。それぞれの存在期間は異なれども、言葉は次々と生まれては消え、消えては生まれることを繰り返しています。

 私たちはどのような方法で言葉を生み出しているのでしょうか。
 右脳型人間、左脳型人間という話を聞いたことがあると思います。左脳は、言語、計算、観念構成などの分析的・論理的な思考を行い、右脳は、画像処理、空間処理、総合判断力などの感覚的・直感的なイメージを担当していて、人によってそれらの働き方が違うことから、右脳が発達しているタイプか、左脳が発達しているタイプかで分類しようとするものです。実際にはそれほど明確に脳の働きを右と左で分けられるものではなく、また右利きの人と左利きの人とでは脳の活動場所が異なるとも言われていますが、生理学的な話は横に置いておいて、人間は左脳で考え、右脳で感じるものといたしましょう。

 意味で伝えるネーミングのことを左脳型ネーミング、音でイメージを伝えるネーミングのことを右脳型ネーミング(語感ネーミング)と私は呼んでいます。

 ネーミングを考案しようとするとき、多くの場合、対象となるモノの性質や形状、長所やコンセプトを言葉の意味でどう伝えるかに時間が費やされます。ハウス食品の「とんがりコーン」、小林製薬の「のどぬ~る」、ジョンソンの「カビキラー」。さらには言葉というよりも文に近い、桃屋の「食べるラー油」、ミツカンの「やさしいお酢」、クラシエフーズの「甘栗むいちゃいました」。左脳型ネーミングには枚挙にいとまがありません。

 一方、言葉としての意味をもたない右脳型ネーミングでは音の響きがすべてです。味覚糖の「ぷっちょ」、サントリーの化粧品ブランド「FAGE(エファージュ)」、ブランド米の「きらら」、ファッション誌の「ノンノ」「キャンキャン」「JJ」。これらは音を重視して名づけられたと思われる優れたネーミングです。右脳型には、左脳型のような理屈っぽさや野暮ったさ、押しつけがましさがありません。音がぴたりとハマれば相手の心に響く洗練されたネーミングとなるでしょう。しかし、音の使い方を間違えた場合には意味が分からないどころか大きなマイナス効果をもたらす失敗ネーミングとなってしまうでしょう。右脳型では音によるイメージの伝達がすべてであるため、ネーミング作成者の感性、音を感じるセンスが問われることになります。

 赤ちゃんの名づけでは相変わらず姓名判断が幅を利かせています。それでも最近では音を決めてから漢字を当てはめて命名する傾向が見られるようになりました。少し横道にそれますが、私は以前、姓名判断に興味をもち、十数万人の名前を集めて資産家・会社社長・芸術家・スポーツ選手・事故死者・犯罪者などに分類し、名前の画数に違いがあるかどうかを検証したことがあります。その結果、偉い人も一般の人も運の良い人も悪い人も、ほとんど差がないことが分かりました。「ほとんど」というのは、わずかな違いは認められるものの誤差の範囲だと思われる程度の違いしかないという意味です。名前が人生に与える影響という点では、姓名判断よりも音の響きの印象のほうがはるかに大きいでしょう。音の響きへの関心は今後ますます強くなってゆくはずです。

 しかし、いくら音の響きが好きな名前だからと言っても、奇抜な当て字は考えものでしょう。いわゆるキラキラネーム(DQNネーム)の類です。夏音と書いて「かのん」、宇宙で「そら」くらいなら、なるほどで済まされるのですが、絆(はーと)、強運(らっきい)、百獣王(りおん)、小宇宙(こすも)、玲夢絵流(れむえる)などとなると思わず首をかしげたくなります。大学の学生名簿を調べると、難関大学にはキラキラネームの学生はほとんど見当たらず、大学のレベルが下がるほどキラキラネームが増えるそうです。また、就職時の選考では、「非常識な名前をつける親のもとで育った人はいらない」という理由から名前で落とされることもあるのだとか。子どもたちはこれから様々な人と接し、成長し、世の中に出て行きます。まるでペットの名前をつけるかのような親の身勝手によって人格のイメージを固定してしまう面白ネーミングは、子どもの将来にとって決してプラスにはならないでしょう。
 キラキラネームが効果を発揮するのはアニメなどの物語の中。確固たるキャラクターをもち、設定された世界の中でだけ活躍する登場人物の場合には、人格のイメージの固定化が必要とされることもあり、キラキラネームがその役割を果たすことがあります。この場合には字面だけでなく音の響きもキャラクターのイメージ作りに関係します。

 小説を読んでいて、登場人物がゴチャゴチャになってしまい「この人は誰だっけ?」と前のページを読み返したなどという経験はないでしょうか。これは名前の印象と人物像とが噛み合わずにイメージの方向が定まらないときに起こる現象です。名前のイメージとキャラクターがかけ離れていると不自然な印象を与えたり印象が弱かったりするのです。
 スタジオジブリの人気作品「崖の上のポニョ」と「となりのトトロ」。「ポニョ」と「トトロ」の響きの違いを感じてみてください。「ポニョ」は柔らかくて小さい感じ。「トトロ」はのんびりとしていて落ち着いた感じ。もしも、ストーリーをそのままにして名前が入れ替わったとしたなら物語の雰囲気を台無しにしてしまうでしょう。名前のイメージとキャラクターのイメージが一致していればこそ、読者や視聴者は違和感なく物語の中に入っていくことができるのです。

 毎年たくさんの新語・流行語が生まれます。年末が近づくころになると、新語・流行語大賞やネット流行語大賞の選考結果の発表を楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。しかし、世の中をにぎわせた話題の言葉も、数年後にはその多くが色あせてしまいます。死語と化して、だれも使わなくなる言葉も少なくありません。その一方で日本語として完全に定着して使われ続ける言葉もあります。この違いはどこからくるのでしょうか。作り出された言葉が一時的なブームに終わることなく人々に受け入れられるかどうか。私は、言葉の音の響きが大きくかかわっていると考えています。
 メタボ、バツイチ、エッチ、巨乳、リストラ、ゲリラ豪雨、デパ地下、草食系、どや顔、女子会、スマホ。意味の良し悪しは別として、日本語として根づいた言葉はどれも意味と音のバランスが美しい言葉です
 音の響きを重視した右脳型ネーミングにストレートなイメージの伝達が要求されるのは当然ですが、音と無関係と思える左脳型ネーミングにおいても音の響きがよいに越したことはありません。響きが悪いよりも良いほうがいい。誰もがそう考えるでしょう。二つのネーミング案があって、どちらも甲乙つけがたい。そんなときは「感じのいいほう」を選ぶに違いありません。古代から受け継がれてきた日本人の音感覚が、現代のネーミングにもきっと活かされているはずです。私たちはどのような感性にしたがってネーミングを行っているのか、どのようにして音を活かす工夫をしているのか、様々なジャンルについて検証していきます

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