【ネーミングから見える日本人の感性】 
 (23)日本酒は老舗が造る

 昭和の中期には日本酒の蔵元の数は4000蔵を越えていました。その後減少を続けて、現在は1300あまりの蔵元が酒造りを行っているようです。〇〇酒造、〇〇醸造、〇〇清酒、〇〇銘醸。ほとんどの蔵元の名前が漢字です。銘柄の名前も、花の舞(はなのまい)、越乃寒梅(こしのかんばい)、司牡丹(つかさぼたん)、出羽桜(でわざくら)、女鳥羽の泉(めとばのいずみ)、独楽蔵(こまぐら)、真野鶴の鬼ころし(まのづるのおにころし)といった具合にほんどが漢字とひらがなで成り立っています。中には、女なかせ、ひとり娘さやか、会津娘などの色っぽいネーミングも見られます。

 日本酒の名前の多くが純和風であるため、拍の構成も和語データの集計結果に近いものになるだろうと予想したのですが、次の三つの大きく異なる点が見つかりました。
・外食チェーンの店名(前出)に輪をかけて濁音が多いこと。
・カ行音、ア行音に次いでマ行音が多いこと。
・有声音の比率が高いこと。
 和語が濁音を含む確率は41%、外食チェーンの店名では62%という高い比率を示していましたが、日本酒の銘柄では何と7割に達していました。安っぽい感じを与えたくない、重厚感のある名前で老舗の清酒の雰囲気を醸し出したいという蔵元の思惑が濁音の多用につながっていると考えられます。

 日本酒の名前に使われている拍の行別の使用頻度では、カ行、ア行、マ行、サ行の順で、マ行が上位に見られる点が特徴的です。マ行にはソフトな響きの拍が多く、どの音も固さや鋭さをもたないという点で大雑把に言えばカ行と対象的な関係にあります。マ行音のなかでも日本酒の銘柄では[ま][み][め]が積極的に用いられていて、[む][も]の使用は控えられていました。
[ま]『細かい』『継続する』『狭い』『丸い』
[み]『容易な』『新しい』『優れた』『細かい』『短い』『きれいな』
[む]『濃い』『不快な』『汚れた』『地味な』『悲しい』『太い』『難しい』
[め]『暗い』『派手な』『滑らかな』『変化する』『愛情のある』『緩慢な』『優れた』『意地悪な』『新しい』『地味な』
[も]『曖昧な』『鈍い』『継続する』『不満な』『押し迫る』『多い』『物静かな』
 [ま][み][め]は、『細かい』『優れた』『滑らかな』などのイメージをもち、音の響きから繊細さやまろやかな雰囲気が伝わります。[む]はネガティブな印象の強い拍であり、一般のネーミングでは避けられる傾向があります。[も]は、曖昧で鈍い印象が日本酒の名前に相応しくないと感じられることから積極的には使われていないと言えるのではないでしょうか。一見すると適当にマ行音が組み入れられているように見えても、統計的に集計を行ってみると、私たちが個々の音に異なったイメージを感じながら、表現に適した音を自然に選択していることが分かります。

 有声音は、ナ行音、マ行音、ヤ行音、ラ行音、ワ行音、濁音など声帯を震動させて出す音で、落ち着きがあり、重く暗い印象を与えたり人間的な温もりを感じさせたりすると言われています。一方、無声音は声帯を震動させずに出すカ行、サ行、タ行、ハ行、パ行などの音で、乾いた感じ、明るく軽い感じを与えると言われます。
 日本酒の名前を構成している拍を有声音と無声音に分けたところ、有声音61%、無声音31%の比率となっていました。和語データでの集計結果では有声音55%、無声音45%という数字を得ており、一般の日本語では有声音が占める割合は半分よりやや多い程度だと言うことになります。日本酒の名前では有声音の比率が高めになっていて、やはり濁音と同様に風格、落ち着きを求めて老舗の雰囲気を重視したネーミングが行われているようです。

 有声音=落ち着き・安定・温かみ、無声音=明るい・爽やか・軽快。これは、大まかな傾向としては確かにその通りなのですが、有声音と無声音の区別によって音の響きのイメージが画一的に分けられるわけではありません。感性を無視して単純な理由から有声音と無声音を使い分けているとすれば、想定外の失敗ネーミングを作り出してしまう危険を孕んでいると言えるでしょう。

 一般に言われている有声音、無声音の特徴とは異なるイメージをもつ拍の例をご紹介しておきましょう。
有声音なのに明るい感じの拍:[あ][ら][れ]
有声音なのに落ち着きのない感じの拍:[う][ぞ][ろ][わ]
有声音なのに乾いた感じの拍:[ば]
無声音なのに暗い感じの拍:[しょ][そ]
無声音なのに落ち着ついた感じの拍:[し][しゅ][と][へ]
無声音なの湿潤な感じの拍:[ちゅ][しょ][ちゃ][ちゅ]
 これらの音は、不用意に用いると、期待したものと逆のイメージが伝わることがあるため注意が必要です。

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