【ネーミングから見える日本人の感性】 
 (24)悪役はドスが利いている

 クールジャパンの中核を担う日本のアニメは海外でも高い評価を受け、絶大な人気を博しています。アニメの登場人物の名前のほとんどが言葉としての意味をもってはいません。もちろん中にはアンパンマンのようにストレートな名前もありますし、ドラゴンボールに登場するフリーザからはフリーザー(冷凍庫)、ベジータからはベジタブル(野菜)が連想されるなど、意味との関連が見られるものもありますが、キャラクターのイメージは意味よりも音によって表現されていると言ってよいでしょう。
 人種を越えた共通な音感覚があるとすれば、日本のアニメに夢中の海外の若者たちも、私たちと同じような音の響きをキャラクターの名前に感じているのかもしれません。ここでは日本のアニメに登場する悪役たち164人の名前を集計しました。

 もしあなたが悪役の名前をつけるとしたらどんな名前を考えるでしょうか。強そうな名前、恐そうな名前、いかにも悪事を働きそうな醜い名前。これらのイメージを表現するとき、無声音よりも有声音のほうが効果的、とりわけ濁音が大きな効果を発揮しそうなことが容易に想像できるのではないでしょうか。
 164人の悪役たちの名前には[ー][る][ん][ど][ら][す][く][い][っ][だ][ば]が多く見られ、行別の上位では、ラ行、ア行、ダ行、カ行、サ行、バ行、ガ行、ザ行の順で、予想通り濁音が多用されていました。
 有声音の比率では、164の名前を分解して得られる771個の拍のうち571個が有声音であり、実に74%が有声音で占められていました。これは和語での55%を大きく上回り、日本酒の名前での有声音比率61%をも上回る数字です。アニメの原作者が、有声音の響きを強く意識して(感じて)ネーミングを行っていることをうかがい知ることができます。
 さらに、濁音を含む名前は全体の81%(一般の和語では41%)という驚くべき比率を示していました。ほとんどの悪役の名前に濁音が使われているといっても過言ではないでしょう。悪役の名前を思い浮かべてみてください。多くの名前に濁音があるはずです。

 悪役に多く見られる濁音は[ど][だ][ば][ざ][が][じ][ぎ][ぶ]。外食チェーンの名前でも[ど][が][ば]は見られましたが、外食チェーンではこれらの濁音がもつ高揚した賑やかな雰囲気を取り入れるために用いられたの対して、悪役では粗野なイメージを求めて[ど][が][ば]が使われたと考えることができます。このように、同じ拍でも、その拍のどのイメージ部分を取り入れるかはシチュエーション(ネーミングのコンセプト)によって変わることがあります。理想のイメージだけをもつような都合のよい拍はありません。こちらを立てればあちらが立たずといったことが往々にして起こります。その兼ね合いを感じる取る感性こそがネーミングにおけるセンスだと言えるでしょう。
 さて、外食チェーンには見られず、悪役の名前に出てくる濁音[だ][ざ][じ][ぎ][ぶ]の傾向について調べてみましょう。
[だ]『大きい』『鈍い』『多い』『不満な』『優れた』『緩慢な』『長い』『粗野な』『変化する』
[ざ]『多い』『粗い』『派手な』『意地悪な』『細かい』『不快な』『高揚した』
[じ]『暗い』『短い』『緩慢な』『地味な』『汚れた』『意地悪な』『変化する』『湿潤な』『継続する』『不快な』『愛情のある』『落ち着いた』『落ち着かない』
[ぎ]『濃い』『汚れた』『抵抗感のある』『狭い』『派手な』『賑やかな』『固い』『押し迫る』『意地悪な』『継続する』
[ぶ]『太い』『不満な』『不安定な』『粗野な』『高揚した』『満足な』『大きい』『不安な』『湿潤な』『短い』『古びた』『濃い』『多い』
 どれもが粗野なイメージか意地悪な(悪意を感じさせる)イメージをもっています。その他にも『不満な』『汚れた』などが見られ、悪役っぽいネガティブな響きの拍ばかりです。一口に濁音と言ってもそれぞれに特徴があり、私たちがそのイメージの微妙な違いを上手く使い分けていることが分かります。

 みなさんは、「アブドーラ・ザ・ブッチャー」という名前をご存じでしょうか。アニメのキャラクターではなく、プロレス界を代表する悪役レスラーのリングネームです。地獄突き(空手の貫手)、ヘッドバット(頭突き)を得意技とし、凶器攻撃による流血戦がトレードマークの非道のヒールとして、ジャイアント馬場やアントニオ猪木との死闘を繰り広げました。第一線で長く活躍した悪役レスラーであり、ネット検索によると1941年生まれで2012年に引退となっていました。なぜこの名前を持ち出したのかと申しますと、「アブドーラ・ザ・ブッチャー」が悪役の名前に多く見られる拍によって構成されていたからです。彼の人気の秘密は、過激なパフォーマンスばかりではなく、リングネームから伝わる極悪非道のイメージにもあったのではないでしょうか。

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