【言葉の音とネーミング】 
 (26)感性に働きかけるネーミング

 良いネーミングとは何でしょうか。
 (1)商品の特徴や機能を意味によって端的に伝えることができる(左脳型)
 (2)意味による伝達だけでなく言葉がもつ雰囲気への配慮がある(左脳+右脳型)
 (3)意味はもたないが音でイメージを伝えることができる(右脳型)
 このいずれかを満たすことができれば良いネーミングの候補に成りえます。意味による伝達も音による伝達も不完全なものは良くないネーミングだということになります。

 最も多く見られるのは(1)の形で、ネーミングの作成方法が論じられる場合もそのほとんどが左脳型について解説されます。複数の語を組み合わせるなど、システィマティックなネーミングが可能で、ネーミング作成ソフトウェア(サイト)では左脳型のネーミングが行われていると言ってよいでしょう。
 左脳型にはいくつものパターンがありますが、主に次のようなものが考えられます。
 そのまんまネーミング:「南アルプスの天然水」「無印良品」「うまい棒」など伝えたいことをストレートに表現します。日本語をそのまま外国語に置き換える場合もあります。
 話し言葉ネーミング:「おーい、お茶」「ごはんですよ」など語りかけるフレーズで親近感を高めます。
 プラスアルファネーミング:接頭語、接尾語的なものを付加して商品の説明を行ったり音の流れに変化を与えたりします。「メガマック」「俺の塩」「シゲキックス」「ピザーラ」「スカイライナー」など。
 A+Bネーミング:複数の言葉を合成して造語を作り出しますが、意味としての要素を失うことはありません。「ごはん」+「パン」=「ゴパン」、「熱さまし」+「シート」=「熱さまシート」など。
 左脳型でのネーミングの成否は、分かりやすいか分かりにくいか、面白いかつまらないか、インパクトがあるかないかなどによって決まり、どの言葉を選択するかが重要なカギとなります。しかし、もしも言葉の選択を誤ったとしても、意味が伝わりにくいというだけであって、それなりにネーミングとしての役割を果たしてくれるため、無難なネーミング手法だと言えるかもしれません。

 (2)の左脳+右脳型は、ネーミング作成の過程で意味以外の要素までもが検討されることによって生まれます。社内でプロジェクトが組まれたり、一般公募によってたくさんのネーミング案を集めたりする場合には、時間をかけて様々な角度から検討された上でネーミングの確定に至ります。「ゴキブリホイホイ」「バスクリン」「スーパードライ」など名作と言われるネーミングの多くはこのタイプだと考えられます。
 大規模で組織的なネーミングの絞り込みが行われる場合には、単なる思いつきのネーミングではなく、言葉の雰囲気や語呂の良し悪しまで検討されるため質の高いネーミングが作成される可能性が高くなります。
 多数のネーミング案からの絞り込みによって決定した例として「東京スカイツリー」の場合を考えてみましょう。東京の新名所となる世界一高い電波塔の名前を決めるにあたって、まず一般公募による「新タワーネーミング全国投票」が行われました。2万件近い命名案が寄せられ、その中から最終候補が検討委員会によって絞り込まれました。それが「東京スカイツリー」「東京EDOタワー」「ライジングタワー」「ライジングイーストタワー」「みらいタワー」「ゆめみやぐら」の6案です。続いてこれら6案での、一般による人気投票を行い、最も得票が多かった「東京スカイツリー」に決定したという経緯になります。
 6案それぞれの得票数を見てみましょう。
第1位 東京スカイツリー 32,699票
第2位 東京EDOタワー 31,185票
第3位 ライジングタワー 15,539票
第4位 みらいタワー 13,915票
第5位 ゆめみやぐら 9,942票
第6位 ライジングイーストタワー 6,426票
 「ライジングイーストタワー」は言葉が長すぎて呼びにくいため、今回のネーミングとしては不適。「ゆめみやぐら」「みらいタワー」は近代的な響きやそびえるような感じがない。「ライジングタワー」は無機質な印象が強い。このような感性が働いて、最終的に「東京スカイツリー」と「東京EDOタワー」の一騎打ちになったと考えられます。この2つは僅差でしたのでどちらに決まっても不思議はなかったのですが、「東京スカイツリー」から伝わるイメージに軍配が上がりました。
 東京スカイツリーはとてもよいネーミングだと思います。10万人を超える人たちによる多数決によって決まったのですから、日本人の感性が反映されているという点で文句のつけようがありません。しかし、中小の企業や個人がネーミングを考案する場合には、多大な費用と時間をかけることができません。そんなときネーミングの絞り込みに客観性を取り入れる手段の一つとして、音の響きの検討があります。音の響きのイメージのチェックによって適切な絞り込みが可能となり、間違った選択を避けることができるでしょう。

 リセッシュ、ビオレ、ソフィーナ、ロリエ、ピュオーラ、キュレル、リーゼ、ブローネ、エマール、バブ、ニベア、メリーズ。花王の製品には右脳型ネーミングが多く見られます。「(レディー)ガガ」「AKB48」「B’z」といった芸名やグループ名も右脳型と言ってよいでしょう。  右脳型ネーミングとは、音の響きのみで伝える意味をもたない言葉によるネーミングだと定義することができます。
 しかし、そのネーミングが言葉としての意味をもつのかもたないのかの判別は微妙です。ジャパンゲートウェイのノンシリコンシャンプー「レヴール」は、「夢見るように」を意味する音楽用語です。資生堂のヘアケア商品「マシェリ」は「愛する人・いとしい人」という意味のフランス語です。だからといって、これらは右脳型ネーミングとは呼べないということにはならないでしょう。おそらく、「レヴール」や「マシェリ」の意味を知っている人は1%にも満たないでしょうから、もはやこれらは意味のない言葉に等しく、右脳型ネーミングと呼んでも差し支えないだろうと思われます。
 一見、意味をもたないと思われるネーミングに意味がある。このような状況が有利に働く場合があります。仮にあなたがネーミングの作成を企業から依頼されたとしましょう。あなたは「マシェリ」という音の響きに惹かれて、このネーミングをクライアントに提案します。するとクライアントは必ずこう言います。「で、どんな意味なの?」。もし、あなたが「音の響きだけで決めました。特に意味はありません」と答えようものならクライアントは顔をくもらせることでしょう。しかし、愛する人という意味のフランス語だと教えれば大いに納得してもらえるはずです。ネーミングの公募でも、意味(なぜそのネーミングにしたか)を問われる場合があります。意味の説明が必要とされるシチュエーションでは、完全な右脳型ネーミングは受け入れられにくく、ネーミングの選考者を納得させるには意味をもつ言葉のほうが有利な場合が多いのです。

 残念ながら、意味へのこだわりは昔も今もあまり変わっていません。言葉とは意味を伝えるものだという固定観念がいまだに根強く残っていて、ネーミングについても同じ観念を当てはめたがります。音によってイメージを伝えられることを知っていてそれを実践しているのは、ごく一部の優れたコピーライターなどに限られています。だからこそ、音で伝えるセンスのよいネーミングは新鮮で魅力的なものに感じられるのです。特に、アーティスト名やブランド名、ファッション系の誌名・ショップ名・サービス名など、右脳型はオシャレなイメージの表現に最適だと言えるでしょう。

 「トイレその後に」「ただいまポット洗浄中」「チン!してふくだけ」「髪の毛集めてポイ」。強烈なインパクトをもつ面白ネーミングでは音の響きによる効果はほとんど関係ないと言ってよいでしょう。また、「辛そうで辛くない少し辛いラー油」「じっくりコトコト煮込んだスープ」「信州安曇野の美味しい水を使った紅茶」などの長いネーミングでは意味を理解することに意識が集中し、音の響きを感じる余裕すらないでしょう。

 私たちは言葉を聞いたとき最初に意味を考えます。同時に音を感じます。意味をもたないネーミングなら音だけを感じます。面白ネーミングや長いネーミングは別として、音の響きは大なり小なり商品のイメージ伝達に関わってきます。どうせなら、商品のコンセプトを表現できる音の響きのほうがよいに決まっています。
 小さくて軽いことがウリの商品には、大きくて重いイメージの音を使うよりも、[ちゃ][ちょ][こ][ぽ][ぱ]などを使うほうがよいネーミングに近づくことは間違いありません。落ち着きや安定感を醸し出したいとき、柔らかさや優しさを強調したいとき、それぞれに適した音の選択が必要となります。

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