【右脳を刺激する言葉】 
 (5)ブーバ vs キキ

 「山」を「海」と呼び、「海」を「山」と呼んでいたとしても、「空」と「鳥」が入れ替わって「小空が大鳥を飛んで行った」としても、初めからそう決められていたのであれば、それはそれで私たちはこれらの言葉を当たり前に使うことでしょう。そう考えれば、「やま」も「そら」も偶然の音の配列だったと言えるのかもしれません。
 しかし、私たちが普段使っている言葉の中には、しっくりくる言葉というものがあります。桜は「サクラ」であるからこそ品のある風情が伝わりますし、菊という音からは茎をピンと伸ばした雰囲気が伝わります。「柿」と「桃」を比べたら、柿のほうが固い感じがする。「モヤ」と「霧」ならモヤのほうが曖昧で弱い感じがする。「晴れ」と「雨」では晴れのほうが明るい感じがする。「赤」のほうが「黒」よりも派手な感じがする。これらの言葉が入れ替わっていたら不自然に感じるのではないでしょうか。
 その一方で、しっくりこない感じがする言葉もあるのですが、気にすることなく使っているというのが実際のところでしょう。言葉の第一の役割は、気持ちや意志、考えなどを相手に伝えることであり、意味をもたない造語などは別として、言葉の音に注意をはらうことなどほとんどありません。

 しっくりこない言葉の例として、「冬」という言葉の音の響きを感じてみてください。「ふゆ」から寒さや厳しさはあまり伝わってこないのではないでしょうか。むしろ優しく穏やかな響きに聞こえるはずです。しかし、私たちにとって冬とは秋と春の間の寒い季節のことであり、その言葉がどんな音で構成されていようと音に関係なく意味は伝わります。では、もし冬が「ふゆ」ではなく、「ざざ」(粗いイメージ)や「どど」(重いイメージ)だったらどうでしょうか。こちらのほうが冬の厳しさが伝わるのではないでしょうか。もし、冬を表す日本語として「ざざ」や「どど」が定着していたなら、音の響きを意識したとき、冬を「ふゆ」と呼ぶことに不自然さを覚えるに違いありません。

 「ぴ」と「の」では音から伝わる雰囲気が明らかに異なります。「ぴかぴか」と「のろのろ」という二つの言葉があって、もし、あなたがこれらの言葉の意味を知らなかったとしても、どちらかが明るいことを意味し、もう片方は動きが遅いことを意味していると知らされれば、間違いなく、明るい=「ぴかぴか」、遅い=「のろのろ」を選択するでしょう。
 ここに二つの着ぐるみがあるとしましょう。一つは「ドゴ君」、もう一つは「パペ君」。軽いほうはどっち? 動きが素早いのはどっち? ほとんどの人が同じ回答をするはずです。「ドゴ」も「パペ」も即席の造語ですが、私たちはこれら無意味な音の組合せから、言葉の音が作り出すイメージの違いを感じ取ることができます。
 かつての子供向け人気番組『ひらけ!ポンキッキ』の有名なキャラクターといえば「ガチャピン」と「ムック」。どちらが大きいと感じるでしょうか。もちろん音の響きからのイメージです。ムックのほうが大きい感じがしますよね。どちらかと言えばガチャピンのほうが活発で小さい感じ。実際のキャラクター設定もムックが身長185cm・体重110kg、ガチャピンは165cm・80kgなのだそうです。もし、このキャラクターの名前が入れ替わっていたら違和感を感じたに違いありません。音とイメージの一致は、誰からも愛されるキャラクターとして受け容れられるために欠かせない条件だったのではないでしょうか。

 ドイツの心理学者ヴォルフガング・ケーラーが行った「ブーバ・キキ効果(Bouba/kiki efect)」という有名な実験があります。アメーバのような形状の柔らかな曲線で囲まれた図形とギザギザにとがった図形とを見せて、どちらがブーバでどちらがキキだと思うかを答えさせるものですが、98%の人が、曲線の図形がブーバで、尖った図形がキキだと答えたそうです。さらに驚いたことにこの結果は、国や文化が異なっても、大人でも幼児でも同じだったというのです。これは、言葉の音がイメージを伝えることができること、人類が言葉の音に対して似たような感覚をもつことを示しています。
 ケーラーがなぜ音韻的に長さの違う語「ブーバ」と「キキ」を使ったのかは不明ですが(公平を期すために同じ条件の言葉で実験を行ってほしかったと思うのですが)、これが「ブーバ・キキ」ではなく、同じ音を繰り返す二拍の語という条件にそろえた「ノノ・ピピ」でも「ヌヌ・ギギ」でも同様の結果が得られたのではないかと思います。
 また、図形を見せるのではなく、少しハードルを上げて「ブーバとキキという二匹の生物のうち、粘り気があるのはどっち?」、あるいは「トゲのある生物はどっち?」など、単に音からのイメージを連想をさせた場合にも同じ結果を得られたのではないでしょうか。
 もし、ブーバとキキという生物が実際に存在していて、鋭いとげに覆われた生物がブーバで平べったいナメクジのような生物がキキと名づけられていたとしたら、両者を並べてみたとき大きな違和感があるはずです。

 音は、意味の伝達を助ける補助的な役割を果たしているに過ぎませんが、音の効果が加わることによって、より自然に意味を伝えることができるようになります。また、場合によっては意味の伝達を妨げることもあります。

 以前、私はtwitterで次のようなことをつぶやいたことがありました。『お笑いコンビ、爆笑問題の太田さんと田中さんは時々名前を間違えられるらしい。これは、「おおた」の響きが「たなか」よりも重く遅い印象を与えるため、おっとりして見える田中さんのほうが「おおた」のイメージに近いから』。すると、これを見たフォロワーさんから『タカアンドトシのタカとトシも間違えられるそうです』とのリプライをいただきました。タカアンドトシは、ずんぐり型のタカとやせ型のトシによるお笑いコンビですが、これは「トシ」の「ト」の音が太く濃いイメージをもつため、ずんぐりタイプのほうを「トシ」と呼ぶほうがしっくりくると感じる人がいるからだろうと考えられます。

 どちらのほうがしっくりくるか。人の名前を変えるわけにはいきませんが、ネーミングなどの言葉を作り出す作業においてはこの感覚が重要な働きをすることがあります。

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