【右脳を刺激する言葉】 
 (6)カキクケコは固いのにコンニャクはなぜ柔らかいのか

 言葉の音のイメージを、言葉を構成する音から説明しようとする研究はこれまでも、「音意説」、「音義説」、「一音一義説」、「語音象徴」、「音声象徴」などの名(まとめて「音義説」と呼ぶことにしましょう)で古くから多くの学者によってなされてきましたが、明治以降は、音義説は科学的価値に乏しいとされて否定され続けてきました。残念ながら、現代においては音義説の研究は邪道の部類に属します。言語学系の知識が豊富な人ほど、言葉の音のイメージとか音義説とかいう言葉を聞いただけで顔をそむけて、話を聞こうともしないというのが現状でしょう。
 ほんの一部の言葉を除いて意味と音との関連性は見い出せない。それが通説です。もし私が言語学や音声学、音韻論の研究者であったなら、周りの目を気にして決して手を出さなかった領域だったかもしれません。
 音義説は日本を代表する国学者たちによって、特に江戸時代後期に盛んに研究されました。彼らは、日本語の研究に没頭し、それぞれに大きな成果をあげた優秀な学者であり、音義説についての研究ばかりを行っていたというわけではありません。研究の過程で音義説に足を踏み入れたと言ったほうがよいかもしれません。参考までに日本における音義説研究の流れを紐解いてみましょう。
多田義俊(ただよしとし)
1698~1750年
江戸時代の国学者。『以呂波訓義伝』を著し、イロハの一字一字に意味があると説いた。
賀茂真淵(かものまぶち)
1697~1769年
多田義俊と同時代の国学者。『語意考』が、のちの音義説の成立に大きな影響を与えたとされる。
鈴木朖(すずきあきら)
1764~1837年
江戸後期の国学者。『活語断続譜』は用言の活用形を研究したもので、いわゆる活用図を作成するという画期的な功績をあげた。『雅語音声考』は言語の発生について論じたもので、「言語は音声なり。音声に形あり姿あり心あり。されば言語には、音声をもって物事を象どりうつすこと多し。」との記述があり、言葉を次の四種類に分類している。「一つには鳥、獣の声を写す」、「二つには人の声を写す」、「三つには万物の声を写す」、「四つには万づの形、有様、意、仕業を写す」。
平田篤胤(ひらたあつたね)
1776~1843年
江戸時代後期の国学者。『古史本辞経』(別名『五十音義訣』)で五十音図の沿革を述べ、五十音図の各行の意味を音義説によって説いた。
橘守部(たちばなもりべ)
1781~1849年
江戸時代後期の国学者。音義説によって「てにをは」を論じる『助辞本義一覧』を著した。五十音図の各音はそれぞれ固有の意義をもつとする「一音一義説」を説いた。
富樫広蔭(とがしひろかげ)
1793~1873年
本居宣長の学問を受け継ぎ、日本語文法の体系化を完成した江戸末期の国学者。『言霊幽顕論』で、一字一字に意義があると説いた。
堀秀成(ほりひでなり)
1819~1887年
富樫広蔭の門下で、幕末から明治にかけて活躍した国学者。音義説を唱えた最後の学者とされる。『音義全書』を著すも現代においては学術的に認められてはいない。
藤岡好古(ふじおかよしふる)
1846~1917年
明治大正時代の国語学者、神官。堀秀成の門下として国学を学び、音韻学についての造詣が深かった。編書に堀秀成著の『音義全書』がある。

 言葉の音にはイメージを伝える何かがある。そう思われながらも音義説が否定される大きな原因は、音とイメージの関連づけをあまりにも狭義に行っている点にあると思われます。
 サ行は爽やかでカ行は固い、ナ行は柔らかいなどといった断定的な関連づけは、多くの矛盾を生むことになります。大雑把に言うならばそれらの音にそのような傾向があることは否定できませんが、カ行だからといって[か・き・く・け・こ]のどれもが同じような固さを感じさせるわけではありません。[さ・し・す・せ・そ]が音韻的に似ている(前舌音であり無声摩擦音)からサ行の音はどれも爽やかなイメージだなどと決めつけることに問題があるのではないでしょうか。  同じカ行でも、それぞれの音から伝わる印象は微妙に違っていますし、「固い」というイメージ以外にもたくさんのイメージを含んでいます。
 一つひとつの音は、様々な方向と強さの無数のイメージをもち、いわば複数のベクトルの集まりで成り立っていると考えられ、それらの大小によって特定のイメージを感じたり感じなかったりするのではないでしょうか。

 さらに、音の組み合わせから成る「言葉」の場合にも同じことが起こっていて、様々なベクトルをもつ音たちが集まってベクトルが積み上げられ、言葉全体からのイメージが生まれる。私はそう考えています。
 「コンニャク」という語には、固いとされるカ行の音が含まれますが、私たちはこの言葉に違和感を感じることはありません。これは、[ニャ]の音がもつ柔らかさを感じさせるベクトルが大きいからだと解釈することができます。言葉全体のベクトルから、ほどよい固さと柔らかさが相まってぷりっとした弾力が伝わり、コンニャクという実体と言葉の音のイメージがうまく合致しているというわけです。

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