大人のための寓話集」 by含蓄王

 「狐と鶴のご馳走」(キツネの苦悩とツルの慢心)
 僕は嫌われたくて嫌われている訳じゃないんだ。

『あなたが他人とのつき合いで成功を収めるその第一歩は、あなたの他人を見る見方にあるのです。』(ロバート・コンクリン)

『ひとつの顔は神が与えてくださった。もうひとつの顔は自分で造るのだ。』(シェイクスピア)



 ツルに出会ったキツネが言いました。「ツルさん、今日は一段と冷え込みますねぇ。よかったらウチに来て一緒に温かいスープでもいかがですか?」
 「ありがとう。じゃ、あとでお邪魔しますよ。(意地の悪いヤツだと思っていたけど、キツネにも優しいところがあるんだな。)」
 ツルは身支度を整えると、いそいそとキツネの家に出かけて行きました。
 「やあ、ツルさん、丁度いい具合にスープができあがったところです。さあ、冷めないうちにたくさん召し上がれ。」
 キツネは、スープをお皿に入れて差し出しました。ツルは長いくちばしでスープを飲もうとしますが、浅いお皿ではくちばしの先がつかえて飲むことができません。キツネは自分のお皿のスープをぺろぺろと舐めています。
 「おや、ツルさんはスープが嫌いですか?」
 「い、いえ。」
 「遠慮なくどうぞ。寒い日は温かいスープが一番ですね。」
 キツネは最後の一滴まで舐めつくします。ツルは一生懸命にお皿をつつきますが、やっぱり飲めません。
 ツルは席から立ち上がって言いました。
 「キツネさん、どうもご馳走様でした。明日は私がキツネさんにご馳走しますので、是非ウチにいらしてください。」
 「それはそれは楽しみです。では、また明日」、キツネはにこにこしてツルを見送ります。ツルは鋭い目をキツネに向け、お腹を空かせたまま帰って行きました。

 次の日、キツネは約束通りツルの家を訪ねました。
 「お言葉に甘えてお伺いしましたよ。」
 「よく来てくださいました。外は寒かったでしょう。さ、さ、温かいスープをどうぞ。」
 ツルは口の細長い壷に入ったスープを二人分テーブルに並べると、自分の壷に長いくちばしを差し込んでスープを飲み始めました。
 「ああ、いい匂いだ。これは美味しそうだ」、キツネもぺろりと舌なめずりをして飲もうとしますが、キツネの舌では深い壷の中までは届きません。
 その様子を見ていたツルが言いました。「どうしましたキツネさん、スープが減らないようですが。スープはお嫌いですか?」ツルは、くくくっと小さく笑いました。
 「いえ、この細長い壷では……。」
 ドヤ顔でキツネを見つめるツル。ところが、キツネは慌てたそぶりもなく、平然とストローを取り出しながら言いました。「こんなこともあろうかと準備はしてきてますよ。」
 キツネはストローを壷に差し込むと、ずずずずーっとスープをすすりました。
 「ず、ずるいじゃないか!」思惑が外れたツルがかっとなって叫びます。
 「えっ、ずるい? 出されたご馳走をおいしくいただいただけじゃないか。それとも何かい、ツルさんは僕にスープを飲ませたくなかったってことかい?」
 「だって、キツネさんは昨日、私が浅いお皿ではスープが飲めないことが分かっていて意地悪をしたじゃないか。」
 「ふーん、その仕返しってわけかい」、キツネはにやりと笑いました。

――― キツネの本意は何だったのか? ―――

 「浅いお皿じゃスープが飲めなかったって?だったら、深い器に変えてくださいって言えばよかったじゃないか。僕はね、ツルさんのためにちゃんと壷も用意していたんだよ。でも、ツルさんは何も言わなかった。 僕が意地悪をしたって? いつもそういう目で僕を見ているからそんな風に考えるんだよ。僕のうちでは平たいお皿を使うし、ツルさんのうちでは細長い壷を使う。これって当たり前だと思わないかい。だから僕はちゃんとストローを用意してきたのさ。」
 「………。」
 「君は、優しくされて当然だと思ってるだろ?何も言わなくてもスープが壷に入って出てくると思ったんだろ?」
 「………。」
 「確かに君たちは美しいさ、それだけのことで君たちは人間に可愛がられて食べ物までもらってる。ところがどうだい、僕たちときたらいつだって悪者扱いだ。人間はキツネを見ただけで追い払おうとするし、下手すりゃ鉄砲で撃ち殺される、何も悪いことなんかしてなくてもだよ。君たちが水辺で楽しそうにダンスを踊っているのを横目で見ながら、僕たちは毎日命がけで生きてるんだよ。ま、君たちから見ればズル賢いキツネ野郎なんだろうけどね。」
 「………。」
 「僕はね、こう思うんだ。すべての生き物には、生まれたときに背負っているものと、生まれてから背負うものとがあるけど、生まれながらに背負っているものは変えようがない。だから、そんなものは自慢にもならないし、卑屈になる必要もないと。次に生まれ変わったときには、君がキツネで僕がツルかもしれないんだよ。みんながそのことに気付いてくれたら、僕らが嫌われたりいじめられたりすることもなくなると思うんだ。」
 「………。」
 「ツルさん、今度は首の長い壷でスープをご馳走するから、また遊びにおいでよ。」





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