大人のための寓話集」 by含蓄王

 「裸の王さま」(虚飾をまとった国)
 服職人の真意は何だったのか?

『自尊心とは空気でふくらませた風船である。ちょっと突いただけで炸裂して風になってしまう。』(ヴォルテール)

『虚偽を加味することは、金銀貨の混合物のように、金属をより実用に役立たせるかもしれないが、その質を低下させる。』(べーコン)



 むかしむかし、あるところに、豪華な服を着ていつも威張っている王さまがいました。家来たちは、王さまを怒らせないようにご機嫌ばかりとっていました。貧しい民たちは王さまを尊敬するふりをしていました。

 ある日のこと、隣の国からやって来たという服職人が宮殿を訪れました。
 「わたしは、とても美しい布を織ることができます。それはとても不思議な布で、愚か者には見ることができません。それで作った服は、賢い人間にしか見ることができないのです。」
「ほほう、それは面白い。(その服を着て歩けば、家来たちが利口者か、愚か者か、すぐに見分けがつくわけだ) さっそく布を織って、服を作ってくれ。」
「承知しました。」男は宮殿の小部屋にこもって布を織り始めました。

 「どんな服が出来上がるのだろう? 早く着てみたいものだ。」王さまは、その不思議な服を早く見たくてたまりません。そこで大臣に言いつけて、布がどれくらいできたかを見に行かせました。
 男は布を持ち上げる仕草をして大臣に言いました、「どうです、見事な布でしょう!」。しかし、大臣には布が見えません。
「(これでは私が愚か者になってしまう)・・・うむ、これは素晴らしい布だ。」
 大臣は王さまに報告をします。「それはそれは見事な布が出来上がっていました。これから洋服に仕立てるそうです。」
「そうか、それほど見事か? 今度の祭りのパレードで着て歩くとしよう。」

 祭りの日の朝、完成したばかりの服を持った服職人が王さまの前に現れました。
 「王さま、わたしがお着せしましょう。」男は、丁寧に王さまに服を着せるふりをします。
 いぶかしげな顔をしている王さまに向かって、男は驚いたように言いました。
「まさか王さま、この服が見えないのですか?」
「いや、そんなはずがなかろう。実に見事な服だ。」
家来たちも口々に称賛します。「よくお似合いです」「ご立派です」。

 行列をしたがえて王さまのパレードが始まりました。王さまは胸を張ってゆっくりと行進します。愚か者には見ることができないという不思議な服の噂を聞いた町の者たちが、身を乗り出します。あちこちから声が聞こえます。「こんなに素晴らしい服は見たことがない」「なんて立派なお姿なんだろう」。
 そのとき、王さまを指差して小さな子どもが叫びました。「わーい、面白いな。王さまが裸で行進しているよ。ねぇ、どーして裸なの?」
 子どもの声を聞いて群衆がざわめきました。家来たちもきょろきょろと顔を見合わせます。「やっぱり、そうだよな」「王さまは裸だよな?」「何も着ていないよな?」。みんなほっとした顔をしています。
 王さまは宮殿へと逃げるようにして帰って行きました。

 「服職人め、わしに大恥をかかせおって! 縛り首じゃ!」王さまは家来を引き連れて、服職人が布を織っていた小部屋になだれ込みますが、すでに男の姿はなく、一通の手紙が残されていました。

 『王さまへ。さぞやお怒りのことでしょう。しかし、考えてみてください。今は誰も見ることができなくなってしまったその服が、今朝は見えていたのはなぜなのでしょうか?
 王さまも家来も民たちも・・・この国にはたくさんの嘘があふれていることがお分かりになったはずです。他にも、見えないはずなのに見えているものがたくさんあるのではありませんか? 真実を口にできない者たちがたくさんいるのではありませんか?
 王さまは、嘘つきの家来と民に囲まれてお幸せなのでしょうか。見せかけの力で家来と民を従えることをお望みでしょうか。』

 手紙は次の言葉でしめくくられていました。
 『わたしはこれから旅立ちますが、宮殿でのおもてなしへの感謝のしるしとして、裸の王さまのために一着の服を仕立てておきました。お気に召しますかどうか。
 ――この国から虚飾がなくなることを願う服職人より――』

 テーブルに置かれた箱を開けると、金糸、銀糸で織られたきらびやかな服が現れました。金のボタンがまばゆいばかりに輝いています。王さまは、箱から服を取り出して高く掲げました。
 家来たちから感嘆の声が上がります。「これほど贅沢な服を見たことがない」「これこそ我が王にふさわしい」「どこの国の王にも負けない衣装だ」「町の者たちもひれ伏すに違いない」。
 大臣も声をかけます。「さあ、王さま、早くその服を着て威厳を見せてください。裸では王さまらしくありません。誰も命令を聞いてはくれませんぞ。」

 裸の王さまは何も言わず、服を箱に戻してふたをしました。そして、二度とこの箱が開けられることはなかったそうです。





このページは「大人のための寓話集 by含蓄王」のなかの一つです。

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