大人のための寓話集」 by含蓄王

 「かちかち山」(やるか、やられるか)
 じいさまとタヌキの壮絶なバトル

『他の人に懺悔してしまうと、当人は自己の罪は忘れるが、たいてい相手の人はそれを忘れない。』(ニーチェ)

『悪意というものは、他人の苦痛自体を目的とするものにあらずして、われわれ自身の享楽を目的とする。』(ニーチェ)



 昔話や民話には、「えっ、マジで?」と思えるような残酷な展開をする話も少なくありません。「かちかち山」も残酷な昔話のひとつでしょう。そして、ここでご紹介するお話も相当にエグイです。ご了承ください。


 昔々あるところに、じいさまとばあさまが住んでいました。
 ある日、じいさまが山の畑で「一粒の豆千粒になあれ」と歌いながら種をまきました。その様子を遠くで見ていたタヌキは、じいさまが帰ったあと、畑の種をほじくり出して全部食べてしまいました。
「一粒は一粒で十分さ。」

 いつまで経っても芽が出てこないのでじいさまが首をひねっていると、切り株に腰掛けていたタヌキが笑って言いました。
「どんなに待っても芽は出ねえよ。種は全部俺様が食っちまったからな、クククッ。」
 怒ったじいさまは、手にしていたくわをタヌキに向かって投げつけました。すると、それが見事に命中。じいさまはタヌキの手足を縛って背負子(しょいこ)に載せ、家へと戻りました。

 「ばあさまや、性悪タヌキを捕まえてきたぞ。今夜は狸汁じゃ。あわ餅もついておくれ。」そう言うとじいさまは、もう一度種をまくために畑に出かけて行きました。

 ばあさまが狸汁を作る準備を始めます。タヌキは逃げ出そうと必死でもがきますが、縄から抜けることができません。
「おばあさん、縄がきつくて痛いよ。少し緩めてくれ。」
「縄を緩めたらお前は逃げるだろ。そうはいかんぞな。」

 ばあさまがあわ餅をつき始めると、タヌキが悲しそうな声で言いました。
「わたしは悪いタヌキです。食べられてもしょうがない。でも、おばあさん、重いきねであわ餅をつくのは大変だろ。手伝ってあげるから縄をほどいてくれんか?」
 タヌキのしおらしい様子に騙されたばあさまは、縄をといてしまいました。
「しめたっ!」
タヌキはきねでばあさまを殴り殺すと、皮をはいでその肉を鍋に放り込みました。そして、ばあさまの皮を被り、ばあさまの着物を着て、じいさまの帰りを待ちます。

 じいさまが帰ると、ばあさまに化けたタヌキは、汁をお椀いっぱいについで、じいさまに渡しました。
「味はどうかの?」
「古狸のせいか、ちょいと肉がかたいのお。」
じいさまが食べ終わると、タヌキは被っていたものを脱ぎ捨てて囃したてます。
「やーいやーい、食ったぞ食ったぞ、ばばあ汁食ったぞ。流しの下の骨を見ろ。」
茫然としているじいさまをあざ笑いながらタヌキは山へと逃げて行きました。
――― ここまで、原作通り ―――

 ばあさまが殺されてしまったこと、よりにもよって大切なばあさまを自分が食べてしまったこと。じいさまは、生きる気力を失くして寝込んでしまいました。
 ひと月ほど経ったころ、じいさまはやっとの思いで起き上がると畑へと出かけて行きました。あの日にまいた種は元気に芽を出して、すくすくと育っていました。
「ばあさまや、お前の仇は必ず討つからな。」

 じいさまは山に入ると、焚き木を拾い集め始めました。その様子をタヌキが遠巻きにうかがっています。
「(タヌキのやつめ、出てきたな)やぁ、タヌキどん。」
じいさまに声をかけられてタヌキはドキリとしました。
「(捕まったら今度こそ殺される)やぁ、じいさん。」
「今夜、森の動物たちと鍋を囲むんだが、タヌキどんも来るかい?」
「(どういう風の吹きまわしだ。じいさんは、このあいだのことを怒ってないのか?)じいさん、このあいだは本当にすまんことをした。許してくれ。」
「もう終わったことじゃ。わしだってお前を食おうとしたんだし。」
「俺も鍋を食べに行ってもいいのか?」
「もちろんだとも。タヌキどんの家族も招待するよ。だけど、今日の鍋は大きいので焚き木がたくさん要るんじゃ。タヌキどんも焚き木拾いを手伝ってくれんかの。」
「いいとも、じいさん。(上手くすれば、じじい汁も食えるかもしれんなぁ、ヒヒヒ)」
タヌキは、今夜のご馳走のことを家族に知らせに山の奥に入っていきましたが、すぐに戻って、じいさまと一緒に焚き木を拾い始めました。

 「さあ、そろそろ家に帰って鍋の支度をしよう。」
じいさまに促されて、タヌキは意気揚々とじいさまの前を歩いて行きます。
「で、今晩のごちそうは何だ?」
「家に着いてからのお楽しみじゃ。」
しばらくしてじいさまは、懐から火打石を取りだすと、タヌキが背負っている焚き木に火をつけます。「カチカチ、カチカチ」。
「あれは何の音だ?」
「かちかち山のかちかち鳥の鳴き声じゃよ。」
やがて焚き木がボウボウと燃え上がります。
「あれは何の音だ?」
「ぼうぼう山のぼうぼう鳥の鳴き声じゃよ。」

 じいさまは、黒焦げになったタヌキを背負子(しょいこ)に縛り付けて家路を急ぎました。
「うむ、いい焼き加減じゃ。」じいさまは、タヌキの肉を細かく切って、大きな鍋の中に放り込みました。

 サル、ウサギ、シカ、イノシシ・・・やがて、森の仲間たちが集まって来ました。
「おじいさん、今夜はご馳走になりますよ。」
「さあさあ、みんな座って、座って。もう少し煮込んだら食べられるからね。」
じいさまがしゃもじで鍋をかき混ぜると、よい臭いが部屋中に漂います。みんなお腹を空かせて待っています。
 タヌキの一家も待ち遠しそうに鍋を見つめていました。






このページは「大人のための寓話集 by含蓄王」のなかの一つです。

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