大人のための寓話集」 by含蓄王

 「幸福の王子」(愛に生きることの幸せ)
 王子の純真な心に打たれたツバメは・・・

『愛は喪失であり、断念である。愛は全てを人にやってしまったときに、もっとも富んでいる。』(グッコー)

『愛することを知る人は神に近づき、考えることしか知らない人は神から遠ざかる。』(カレン)



 小高い丘の上の教会の横に、町を見下ろすように『幸福の王子』の像が建っていました。
 王子の瞳には青いサファイアが嵌め込まれ、腰の剣には大きなルビーがついています。体には金ぱくが貼られていて眩しいばかりに輝いています。

 冬の足音がすぐそこに聞こえ始めたある日の夕方のこと、寝床を探していた一羽のツバメが王子の像の足元で羽を休めていました。
 エジプトに向かう途中で寄り道をしていたこのツバメは、仲間から大きく遅れをとっていたのです。
「ああ、随分と遅れてしまったな。もうみんなはエジプトに着いただろうか。仕方がない、今日はここで休んで明日の朝にでも出発することにしよう。」
 ツバメが眠りにつこうとしたとき、ポタリとしずくが落ちてきました。
「あれれ、雲もないのに雨かな?」
ポタリ、ポタリ。いくつものしずくが落ちてきます。ツバメが見上げると、王子の目から涙が溢れていました。
「王子さま、どうしたのですか?」
 ツバメがたずねると、王子が答えました。
「ここからは町の様子が手に取るように見えるんだ。悲しい出来事が目に入って来るけど、ぼくにはどうすることもできない。それがもどかしいんだよ。」
ツバメは王子の話を黙って聞いています。
 「ほら、あそこに小さな家が見えるだろう。子どもが熱で苦しんでいる。オレンジが食べたいと泣いているけど、貧しくて買えないんだ。」
(可哀そうだね。)
「ツバメくん、ぼくの剣のルビーをあの家に届けてくれないか?」
「う、うん。おやすい御用さ。」
 ツバメは王子の腰の剣のルビーを外して口にくわえると、さっと飛び立ちました。そして、病気で苦しんでいる男の子のまくらもとにルビーを置いて戻って来ました。

 次の日、王子はまたツバメに頼みました。
「あそこで、才能のある若い劇作家が飢えに苦しんでいる。あの若者にぼくの目のサファイアを一つ運んでやってくれないか?」
「でも、ぼくは冬が来る前に出発しないと・・・。」
「お願いだよ、ツバメくん。どうかあの若者にぼくの目を届けてやってくれ。」
ツバメは言われた通りに、王子の片方の目のサファイアを若者のもとへ運びました。

 「さあ、もうぼくは仲間がいるエジプトに出発するよ。」
「ツバメくん、もう一晩だけいておくれ。あそこでマッチ売りの女の子がマッチを全部落として泣いている。お金をかせがないとお父さんにぶたれるんだよ。もう一方の目のサファイアを女の子にあげておくれ。」
「もう一晩、あなたのところに泊まりましょう。でも、あなたのもう一方の目を取り出すなんてできません。そんなことをしたら、あなたは何も見えなくなってしまいます。」
「いいんだよ、あの子が幸せになれるのなら。ぼくの目が見えなくなっても。」
「王子さま・・・。」

 人の幸せのために自分の両目を失くした王子を見て、ツバメは決心します。
「王子さま、もうぼくはエジプトには行きません。ずっとおそばにいて、あなたの目の代わりをします。」
 それからツバメは毎日町中を飛び回って、町の様子を王子に話して聞かせました。

 町には貧しい人たちがたくさん暮らしています。
「ぼくの体の金ぱくを貧しい人たちに分けてあげておくれ。」
「わかりました。」
 ツバメは王子の体から次々と金ぱくを剥がすと、貧しい人たちに届けてやりました。

 いよいよ町に雪が舞い落ちる季節がやってきました。
寒さに凍えて、とうとうツバメは動けなくなってしまいました。
「王子さま、ぼくはもうだめです。あなたと暮らした日々はとても幸せでした。さようなら。」
ツバメは、王子の足元にうずくまって静かに目を閉じました。
王子の目から大粒の涙が溢れ落ちました。

 次の朝、ツバメは、死んだはずの自分の体に力がみなぎっているのを感じながら目を覚ましました。
(どうしたことだ? ツバメは冬を生きることができないはずなのに。)
ツバメが不思議そうに見上げると、そこには飾りのない剥き出しの体のままピクリとも動かなくなった王子が立っていました。
 王子は自分の心臓をツバメに与えて息絶えていたのでした。
「王子さま! 何てことを・・・」
 それからツバメは何年もの間、夏には翼を広げて王子に日陰を作り、冬には積もった雪を払いのけ、その寿命をまっとうするまで王子の像のお世話を続けました。

すっかりみすぼらしくなった『幸福の王子』の像でしたが、その理由を町の大勢の人たちが知っていました。

 月日が流れ、熱に苦しんでいた子どももマッチ売りの女の子も立派な大人に成長します。極貧の生活を送っていた劇作家の卵はその才能を開花させます。
今では、『幸福の王子』の目には透きとおるような青いサファイアが嵌め込まれ、腰の剣には赤いルビーの飾りが輝いています。むき出しになっていた体は、長い年月をかけて少しずつ金箔に覆われていきました。

 今日も、凛々しい姿の王子が丘の上から町を見おろしています。
そして、王子の足元には、永遠の眠りについたあのツバメの小さな像が寄り添うように並び、たくさんのお花が手向けられています。





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