「大人のための寓話集」 by含蓄王 |
「ロンドン橋」(夢のお告げ)
行動すれば何かが起こる。
『自分にできないと考えている間は、人間はそのことをやりたくないと心に決めているのである。』(スピノザ)
『一匹の人間が持っている丈の精力を一事に傾注すると、実際不可能な事はなくなるかも知れない。』(森鴎外)
イギリスのサフォークという町に、貧しい百姓が住んでいました。
男の畑は山の斜面にあるのですが、岩がごろごろしていて少しの作物しか育てられません。
「こんな貧乏がいつまで続くのだろうか。もっと畑が広ければたくさん収穫できるのに。」
男は、山肌にそびえるカシの木の根元に腰をおろして荒れ地を見まわします。
ある日のこと、男は不思議な夢を見ました。
「ロンドン橋で良いことがあるぞ」と誰かがささやくのです。
田舎者の男はロンドン橋なんて見たこともありません。
「ロンドン橋で良いことがあるぞ。」次の日も同じ夢を見ました。
男は長い道のりを歩いて、ロンドン橋にやってきました。橋のまわりにはたくさんの店が立ち並び、川には大きな船が行き交っています。男は生まれて初めて見る都会の景色に感動しながら、橋の上を行ったり来たりしました。
しかし、良いことなど何も起こりません。
次の日も、その次の日も、男は橋の上をあてもなく行ったり来たりしていました。すると、橋の上の雑貨屋の主人が男に声をかけました。
「お前さん。毎日この橋の上を行ったり来たりしているが、何をしているんだい?」
「はい、夢のお告げでここにやって来たのです。」男がそう答えると、雑貨屋は腹をかかえて大笑いをしました。
「夢のお告げを信じるなんて、あんたも能天気な人だね。俺もちょくちょく夢を見るよ。何でもサフォークとかいう田舎町に百姓がいて、その畑の真ん中にあるカシの木まわりに宝物が埋まっているというんだ。だが俺はそんな夢を信じてわざわざ出かけていくほどお人好しじゃないぜ。ははは。」
それを聞いた百姓は、喜び勇んでかけ出しました。
息を切らして家にたどり着いたころには日がとっぷりと暮れていましたが、男は居ても立ってもいられません。くわを手にして畑に出かけ、カシの木の根元を掘りおこしはじめました。
すると、雑貨屋の主人が言った通りに宝物がざくざく……などというおとぎ話のようなことが起こるはずもなく、男はがっくりと肩を落とします。
それでも諦めきれない男は、カシの木のまわりをどんどんと掘り進めます。しかし、掘っても掘っても宝物は出てきません。しらじらと夜が明けるころになると、期待に胸をふくらませていた男もさすがに疲れきって、地べたにへたり込んでしまいました。
やがて東の空に陽が昇ります。
「あっ!」 朝日に照らされた山の斜面を見て、男は息をのみました。
岩だらけでどうしようもなかったあの荒れ地が耕され、そこには見事な畑が広がっていたのです。
「よーし、いっぱい種をまくぞ。」
男はカシの木の根元に立って、晴れ晴れとした顔で畑を見まわしました。
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