大人のための寓話集」 by含蓄王

 「舌切り雀」(因果応報のつづら)
 やさしかったおじいさんは、やがて・・・

『幸福は愛他精神から生まれ、不幸は自己本位から生まれた。』(ブッダ)

『たいていの人々は、運命に過度の要求をすることによって、自ら不満の種をつくっている。』(フンボルト)



 むかし、ある山里におじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは、毎日庭に遊びに来る雀の子をたいそう可愛がっておりました。
 ある日のこと、おじいさんはいつものように山へしば刈りにでかけ、おばあさんは庭で洗濯をしていました。おばあさんはかまどの火の具合が気になって台所と庭を何度も行ったり来たりしています。はて、おばあさんが庭に戻るたびに、縁側に用意しておいた洗濯のりが少しずつなくなっていきます。かまどの火を止めるころには、のりはすっかりなくなっていました。
 洗濯のりを入れたお皿のまわりを、雀の子がちょんちょんと歩きまわっています。
「この子雀め、この舌がわるさをしたのか。」
おばあさんは雀の子をわしづかみにして無理矢理に口を開かせると、舌をちょん切ってしまいました。
「二度とここに来るでない。どこへでも飛んで行け。」
空に向かって投げつけられた子雀は、羽を小さく震わせながらぴぃぴぃと鳴いて山の向うへと消えていきました。


 夕方になると、背中いっぱいにしばを背負ったおじいさんが帰ってきました。
「ああ、疲れた。子雀もお腹がすいたことじゃろう。」
おじいさんはいつものように縁側に腰掛けて、ぱらぱらと米粒を庭にまきますが、子雀はやってきません。
「ばあさんや、今日は子雀の姿が見えんのお。どこかへ遊びに行っておるのかのお。」
「あのいまいましい子雀なら、わしの大事なのりを舐めた罰に舌をちょん切って追い出してやりましたよ。」
おばあさんは平気な顔をして今日の出来事をおじいさんに話します。
「おお、なんというむごいことを。」
おじいさんは、しょんぼりと山の向こうを見つめました。


 舌を切られた子雀のことが心配で心配でたまらないおじいさんは、夜が明けるのも待ちきれずに子雀を探しに出かけました。
「舌切り雀のお宿はどこじゃ、チュン、チュン、チュン。」
 野を越え、山を越え、歩き続けます。
「舌切り雀のお宿はどこじゃ、チュン、チュン、チュン。」
 すると、竹やぶの中から声がします。
「舌切り雀のお宿はここよ、チュン、チュン、チュン。」
 声のする方にかけ寄ると、竹やぶの中の赤い小さな門が開いて、あの子雀がおじいさんを迎え入れてくれました。
「これは、これは、おじいさん。よくいらっしゃいました。」
「おお、おお、無事でいたかい。お前のことが心配でこうして訪ねて来ましたよ。わたしがいなかったばかりにかわいそうなことをしてしまいました。どうか許しておくれ。」
「おばあさんの大事なのりを舐めてしまい申し訳ありませんでした。こうしてまた、おじいさんと会えて嬉しゅうございます。」
 子雀は、おじいさんにご馳走を振る舞い、兄弟や友だちをたくさん集めて歌や踊りでもてなします。雀のお宿での楽しい時間はあっという間に過ぎて日が暮れかかってきましたので、
「今日はありがとう。そろそろおいとまするといたしましょう。」
とおじいさんは腰を上げました。
「今夜はここに泊まっていってくださいな。」
子雀がおじいさんを引きとめますが、おじいさんはもう帰り支度を済ませていました。
「とても残念ですが、また遊びにいらしてくださいな。」
そう言うと子雀は、おじいさんの前に二つのつづらを差し出しました。
「訪ねて来てくださったお礼におみあげをご用意いたしました。大きいつづらと小さいつづら、どちらでもお好きな方をお持ちください。」
「ご馳走になった上に、おみやげまでいただけるとは、ありがとうよ。わたしは老いぼれの身、帰り道も遠いので小さい方をいただきましょう。」
こう言っておじいさんは小さいつづらを背負い、うちへと向かいました。


 外はすっかり日が暮れて暗くなっていました。
「じいさんときたら、こんな遅くまでどこをほっつき歩いているのやら。」
おばあさんは、ぶつぶつと独り言を言いながら、帰りの遅いおじいさんを待っています。と、そこへ、つづらを背負ったおじいさんがにこにこしながら帰って来ました。
「今ごろまで何をしていたんだね。」
「今日はな、雀のお宿へ訪ねて行って、いっぱいごちそうになったんじゃ。その上、こんなに立派なおみやげをもらって来たんじゃよ。」
「まあ、それはようございました。」
おじいさんが背中からつづらを下ろすのを待ちきれないとばかりに、おばあさんがつづらのふたを開けると、中からは、まばゆいばかりの金銀さんごや宝珠が現れました。
「おおっ。」
「おー。」
 「なにね、大きいつづらと小さいつづらとどちらがいいかというから、小さい方のつづらをもらってきたのじゃが、こんなに素晴らしい宝が入っていたとはのお。」
するとおばあさんの顔色が急に変わりました。
「なんて馬鹿なおじいさんだこと。どうして大きい方をもらってこなかったんだい。」
「ばあさんや、これだけでも十分だろう。そんなに欲ばるものではないよ。」
「十分なものですか。よし、これからわたしが行って、大きいつづらをもらってこよう。」
おじいさんが止めるのも聞かず、おばあさんは暗闇に飛び出して行きました。


 「舌切り雀のお宿はどこじゃ、チュン、チュン、チュン。」
 野を越え、山を越え、歩き続けます。
「舌切り雀出ておいで。出ないと羽をもぎ取るぞ。」
 すると、竹やぶの中から声がします。
「舌切り雀のお宿はここよ、チュン、チュン、チュン。」
「しめた。」
おばあさんは、声がした方へ一目散にかけ寄ります。今度もまた、舌を切られた子雀が門を開けてくれました。
「おや、おばあさん。よくぞいらっしゃいました。さあ、さ、お上がりください。」
 (つづらはどこじゃ、大きいつづらはどこじゃ。)
おばあさんは、あたりをきょろきょろと見まわしてばかりいます。
「お前さんの無事な姿を見ればそれで十分じゃ。おみやげをもらってさっさと帰ることにしようぞ。」
 いきなりおみやげの催促をされて子雀はきょとんとしています。
「さあ、さあ、早くつづらを出しておくれよ。」
あきれながらも子雀は、奥から二つのつづらを運んできました。
「大きいつづらと小さいつづら、どちらでもお好きな方をお持ちください。」
「はい、はい、大きい方をもらって行きますよ。」
おばあさんは歯をくいしばり、全身の力をこめてよっこらしょっと大きなつづらを背負うと、そそくさと門をくぐって出て行きます。


 大きなつづらの重いことといったら、さすがの強欲なばあさんも山道の途中でへなへなと座り込んでしまいました。
「さぞやたくさんのお宝が入っていることじゃろう。ここらで一休みして拝ませてもらおうかの。ああ、楽しみじゃ、楽しみじゃ。」
おばあさんがつづらの箱を開けたとたん、それはそれは恐ろしい顔をした三つ目小僧だの、一つ目小僧だの、がま入道など、お化けがにょろにょろにょろにょろ飛び出して、「この欲ばりばばあめ。」と言いながら睨みつけるやら、濡れた長い舌で顔をなめるやら。おばあさんはもう生きた心地もせず、
「助けてくだされ、助けてくだされ。」
と金切り声を上げながら、転がるように山道を逃げ帰りました。

 おばあさんはぶるぶると震えながら、山道での恐ろしい出来ごとをおじいさんに話しました。おじいさんは気の毒そうな顔をして、おばあさんを諭します。
「やれやれ、それはひどい目にあったのお。だから、欲張りすぎてはいかんのじゃよ。」
(原作あらすじ ここまで)

――― おじいさん、やさしいね。それに引きかえ、ばあさんは・・・ ―――


 それからしばらくしたある日のこと、
「子雀はどうしておるかのお。ばあさんや、子雀の顔を見たくなったのでちょっくら雀のお宿に行ってくるよ。」
そう言っておじいさんは、身支度を始めました。
「わたしはもう懲り懲りじゃ。おじいさん、気を付けて行ってらっしゃい。」
そう言っておばあさんは、おじいさんを送り出しました。
雀のお宿に着いたおじいさんを、子雀が丁寧にお迎えします。
「よくぞいらっしゃいました。どうぞ、お上がり下さい。」
おじいさんは、子雀たちと楽しい時を過ごします。
「日が暮れぬうちにそろそろ帰ろうぞ。」
「それは残念。さあさ、おもやげをどうぞ。」
おじいさんが小さいつづらをもらって帰ったことは言うまでもありません。


 こうして何度も雀のお宿を訪れるようになったおじいさんは、せっせと小さいつづらを運び、おうちは宝の山で溢れんばかりになりました。


 いつしか、つづらを運ぶことがおじいさんの仕事になっていました。今日も雀のお宿を目指して山道を歩いて行きます。
雀のお宿に着くと、いつものように子雀が門を開けておじいさんを迎え入れます。
「これは、これは、おじいさん。よくいらっしゃいました。」
「おお、おお、元気そうで何よりじゃ。」
いつもの通り、お決まりのあいさつを済ますと、これまたいつもの通り、子雀がおじいさんを案内します。
「ご馳走をご用意いたしますのでお上がりください。」
しかし、おじいさんは草履を脱ごうとしません。
「いや、今日はすぐにおみやげをもらっておいとますることにいたしましょう。」
「そんなことを言わずに、雀の歌と踊りを楽しんでいってくださいな。」
「いや、いや、おばあさんがうちで待っておるでな、さあさ、早くつづらを出してくだされ。」
子雀はしょんぼりとした顔で、つづらを差し出します。
「大きいつづらと小さいつづら、お好きな方をお持ちください。」
おじいさんは、思い切って、こう訊ねました。
「なあ、子雀よ、大きいつづらと小さいつづらは違うものが入っておるのかの。」
子雀は、つづらを見つめながら答えました。
「どちらも同じものでございます。」
「そうか、では今日は大きい方のつづらをもらって帰ることにしよう。」
雀のお宿に通ううちに足腰がすっかり丈夫になったおじいさんは、大きいつづらを「よっこらしょ。」と背負って意気揚々と帰って行きました。


 うちではおばあさんが、おじいさんの帰りを待ちわびていました。
「ばあさんや、今帰ったよ。」
「おお、おお、今日もご苦労さまでした。」
「おや、おじいさん、つづらが違うぞよ。大きい方はお化けやら妖怪やらが入ったつづらぞよ。早う、返してきなされ。」
大きいつづらを開けたときのあの忌まわしい光景を思い出し、おばあさんの体から血の気が引いていきます。
「いや、いや、大丈夫。子雀が、大きいつづらも小さいつづらも同じお宝が入っておると言っておったでな。」
「そうかい、そうかい、それは楽しみじゃ。」
ところが、二人がつづらの蓋を開けると、恐ろしい顔をした三つ目小僧だの、一つ目小僧だの、がま入道など、お化けがにょろにょろにょろにょろ飛び出して、「この欲ばりじじいめ、欲張りばばあめ。」と言いながら睨みつけるやら、濡れた長い舌で顔をなめるやら。
「ひいー、お助けを。」
「ひいー、ご勘弁を。」


 熱にうなされながら目を覚ましたおじいさんは、昨日のことが頭から離れません。
「子雀め、よくもわしを騙しおったな。」
おじいさんは鬼のような顔をして雀のお宿に向かいました。
ところが、いつもならおじいさんを迎えてくれる子雀の姿が見えず、門は閉まったままです。どんどんどん。おじいさんが門を叩きます。すると門が開いて、たいそう体格のよい雀が腕組みをして立っているではありませんか。
「お前は誰じゃ。子雀はおらんのかえ。」
「わたしは雀の長老である。子雀は病気で休んでおる。」
そして、長老は、つづらの秘密をとつとつと語り始めたのです。
 いつもおじいさんに差し出していた大きいつづらと小さいつづら、これらのどちらにも宝が入っていたということ。そして、おばあさんに差し出した二つのつづらにはともに魑魅魍魎(ちみもうりょう)が詰まっていたということ。
 子雀のことを可愛がり、優しく思いやってくれていたおじいさん。かっとなって雀の舌を切り落とした残酷なおばあさん。過去の善悪の行為が因となりて、現在に善悪の結果がもたらされる・・・舌切り雀のつづらは、善意は善意で返され、悪意は悪意で返されるという因果応報のつづらだったのです。
 おじいさんの心から子雀のことを愛する気持ちがなくなって、つづらをもらうことだけが目的になったとき、大きいつづらも小さいつづらも魑魅魍魎(ちみもうりょう)に変わっていたのでした。

 おじいさんは、欲に目がくらんだ自分のことを恥ずかしく思い、それから二度と雀のお宿に行くことはありませんでしたとさ。





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