大人のための寓話集」 by含蓄王

 「トム・ティット・トット」(「なんとかなるさ」の精神)
 娘は小悪魔と約束をしたが・・・

『失敗と成功の違いは、物事をほとんどうまくやるか、それとも完全にうまくやるかの差だ。』(エドワード・シモンズ)



 むかしむかし、あわて者の娘と母が住んでいました。

 ある日のこと、お母さんがパイを五つ焼きました。でも、あわて者のお母さんはパイを長く焼きすぎたので皮がかたくなってしまいました。
 母さんが、娘に言いました。
「しばらく置いておけば柔らかさがもどってくるから、それまでテーブルに並べておいておくれ。」
焼きすぎてかたくなったパイは、置いておくと中の水分が皮にしみて柔らかくなるのです。
(パイがもどってくるんだったら、食べても大丈夫ね。)あわて者の娘は並べたパイをひとりで全部食べてしまいました。
 糸車を回して糸をつむいでいたお母さんは、あきれて歌い出しました。
『うちの娘が食ベちゃった パイを五つも食べちゃった
一日一つでじゅうぶんなのに パイを五つも食べちゃった』

 すると、そこを通りかかったお金持ちの伯爵が言いました。
「その楽しそうな歌をもう一度歌ってくれ。」
(あら困った、娘がパイを五つも食べたなんて恥ずかしくて言えないわ。)
お母さんは、あわてて違う歌を作りました。
『娘が糸をつーむいだ 一日五かせもつーむいだ
一日一かせ大変なのに 一日五かせもつーむいだ』
その歌を聞いて、伯爵はすっかり感心しました。
「ほう、一日に五かせとは大したものだ。わたしの嫁になってくれ。」
「もちろんですとも!」お母さんは飛び上がって喜びました。
「だが、一日五かせが嘘だったら許さんぞ。できなければ殺してしまうぞ。」
「はい、はい、分かりました。(結婚さえしてしまえば何とかなるさ。)」
 こうして娘は、伯爵のお嫁さんになりました。

 伯爵は、糸車がある部屋に娘を連れていきました。
「ひと月の間、ここで毎日五かせの糸をつむぐのだ。ひと月たったら糸はもうつむがなくてよい。だが、もしできなければ首をはねてしまうからな。」

 「どうしよう、毎日五かせなんて・・・これまで糸をつむいだことさえないのに。」
娘が途方にくれて泣いていると、誰かが窓をトントンとたたきます。窓を開けると、そこには小悪魔が立っていました。
「娘さん、何を泣いてるんだ?」
娘は小悪魔にわけを話しました。
「ふーん、そんなことか。だったら俺が代わりに糸をつむいでやるよ。毎日、麻(あさ)を持って帰って、夜までに五かせの糸にして持ってきてやる。」
「本当に?」
「ああ本当だとも。その代わり、ひと月のうちにおれの名前を当ててみろ。毎晩、三回ずつ名前を言わせてやる。もし当たらなかったら、お前はおれの嫁になるんだぞ。」
(ひと月もあれば、きっと名前くらい当てられるわ。)
「じゃあ、麻をよこしな。」
娘が麻をわたすと小悪魔は去っていきました。

 夜になると小悪魔が五かせの糸を持ってもどってきました。
「さあ、おれの名前を当ててみろ。」
「スティーブ? ビル? ウォーレン?」娘は三つの名前を言いました。
「違うよ。では、また明日な。」小悪魔は新しい麻を持って帰っていきました。
 それから毎日、小悪魔が糸をつむいでくれました。しかし、なかなか名前は当たりません。
(このまま、名前を当てることができなかったらどうしよう。)
娘はだんだん不安になってきました。

 いよいよ明日で約束の一ヶ月が終わります。
「明日の夜を、楽しみにしているぜ。」小悪魔は、出来上がった糸を娘に差し出すと、クククッと笑って帰っていきました。
(小悪魔のお嫁さんなんて嫌だよう。)
娘がしょんぼりと糸車の前にすわっていると、伯爵がやってきて言いました。
「あと一日だ。よくぞ、がんばったな。お前はわたしの自慢の妻だ。」
「は、はい。」娘は力なく返事をしました。
「そうそう、今日、森で面白いものを見かけたぞ。ほら穴の中で小悪魔が糸車を回しながら変な歌を歌っているんだ。『クルクルクルクル、俺の名前は、トム・ティット・トット』ってな。」
「伯爵、もう一度その歌を聞かせて!」
『クルクルクルクル、俺の名前は、トム・ティット・トット』
娘の顔がぱっと明るくなりました。

 次の日、小悪魔が最後の糸を持ってやってきました。
「さあ、俺の名前を当ててみろ。」
「ソロモンかしら?」娘は、わざと違う名前を言いました。
「ちがうな。」
「じゃ、ダビデ?」
「いーや違う。あと一つで終わりだ。さあ、俺の嫁になってもらうぞ。」
小悪魔は嬉しそうに長い尻尾をクルクルと回します。
すると娘は、小悪魔を指差して大きな声で言いました。
「お前の名前は、ティム・トット・ティット!」
「うっ、俺の名前をどこで聞いたのだ?!」
小悪魔は一瞬ビクリとしましたが、すぐにクククッと笑って言いました。
「あわて者は、いつまでたってもあわて者だな。」
小悪魔は娘をひょいと抱きかかえて、森の中に消えて行きました。





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