大人のための寓話集」 by含蓄王

 真説「うさぎとかめ」(なぜ兎は敗れたか)
 「アキレスと亀」のパラドックスを信じる亀は必死に走った。

『狂っている、そう思われなければ、チャンスはない。』(アインシュタイン)

『強いものが勝つんじゃない!勝ったものが強いんだ!』(『キャプテン翼』)



もしもし亀よ 亀さんよ
世界のうちでお前ほど
歩みののろいものはない
どうしてそんなにのろいのか

なんとおっしゃる兎さん
そんならお前とかけくらべ
むこうの小山の麓まで
どちらが先にかけつくか

どんなに亀が急いでも
どうせ晩までかかるだろ
ここらでちょっとひと眠り
ぐうぐうぐうぐう ぐうぐうぐうぐう

これは寝すぎたしくじった
ぴょんぴょんぴょんぴょん
ぴょんぴょんぴょん
あんまり遅い兎さん
さっきの自慢はどうしたの


 足が遅いことを兎に馬鹿にされた亀が、兎に勝負を挑み、兎が途中で寝ている隙に追い越して勝利するというこのお話。誰でも一度は、子どものころに絵本で読んだことがあるのではないだろうか。
 亀の決してあきらめない姿勢を通して、物事にコツコツと取り組むことの素晴らしさを教えるイソップ童話である。

 しかし、この物語、何だか変だ。兎と亀がかけっこをしたら、兎が勝つことは明白。それなのに、上の二番の歌詞を見ていただきたい。亀は兎のことを「お前」呼ばわりをして、何故か自信満々である。ついでに四番の歌詞を見ると、兎に勝った亀はドヤ顔で兎を見下しているではないか。(どうやらこの亀は、負けず嫌いで自信過剰の上に、思いやりにも欠ける性格の悪いやつらしい。)

――― どうして亀は自信満々なの? ―――

 『アキレスと亀』という伝説を信じていたから。

 『アキレスと亀』について説明しよう。
 亀と俊足の青年アキレスとが、A地点からB地点まで競争することになった。まともに勝負しても勝敗は見えているので、亀にはハンデが与えられ、亀はAとBの中間にあるC地点からスタートする。つまり、亀はアキレスの半分の距離を走ればよいわけだ。それでもアキレスの圧勝だろうと誰もが思っていた。ところがである、僅差で亀が勝ってしまったのだ。
 よーいドン!で、アキレスはA地点を、亀はC地点をスタートする。やがてアキレスはC地点に到達するが、そのころ亀はC地点からD地点まで進んでいる。さらにアキレスがD地点に到達するときには、亀はD地点より少し前に進んでいる。つまり、アキレスが亀に追いつくまでの間に亀も前進するため、アキレスは追いかけても追いかけても、亀を追い越すことはできない。亀がアキレスをリードしたままゴール!

――― 分かるような分からないような。これって詭弁じゃないの? ―――

 よくぞ見抜いたな。これは、古代ギリシアの自然哲学者ゼノンの考えた数式上のパラドックスで、アキレスが亀に追いつく間際の瞬間のみに成り立つもの。近視眼的視点で見ればアキレスは亀を追い抜くことができないということになるが、距離と時間を拡げて見れば、アキレスは亀を楽々と追い抜いて行く。

――― じゃ、「うさぎとかめ」の亀は勝てないよね? ―――

 『アキレスと亀』は通用しないし、そもそも、亀が兎をリードした状態が前提になっているわけだから、話に無理がある。しかし、亀は勝ったのだ。

――― どうやって? ―――

 ヒントは、二番の歌詞、「むこうの小山の麓まで」に隠されている。
 子どものころ読んだ絵本「うさぎとかめ」の挿絵はどんなだった? 山の頂上に赤い三角の旗が立っていて、そのゴールを目指して亀が頑張る。そんなイメージではないだろうか。だが、兎と亀が目指したゴールは、実は「麓(ふもと)」だったのだ。麓とは、山の下の方という意味。つまり、山を登るのではなく、麓までの下りの勝負だったというわけだ。
 「よーいドン!」
 『アキレスと亀』の話を信じる亀は、必死の形相で山を下って行くが、兎の方が圧倒的に速い。亀はどんどん離されていく。
 もたもたとやって来る亀を見上げながら、兎は余裕の表情で勝利を確信する。
「亀が追いつくまで待っていてやろう。ちょいと一休み。」
と横になったそのとき、亀が急な斜面を転がり落ちてくるではないか。亀は、ごろごろと転がってスピードを加速しながら、休憩中の兎をあっという間に抜き去って、山の麓に到着。硬い甲羅のお陰でまったくの無傷。
「さっきの自慢はどうしたの?」
しょんぼりとやって来た兎をドヤ顔で迎えたのであった。そして亀は、自分が兎に勝てたのは『アキレスと亀』を実践したからに他ならない、いまだにそう信じていた。

――― あきらめない姿勢を称える物語じゃなかったの? ―――

 必死に行動すると思わぬ良い結果に結び付くことがある。例えそれが、馬鹿げた考えが基になっていたとしてもだ。(亀)
 能力で勝っていても、状況によっては負けることがある。常に細心の注意を払い、状況の変化を予測しなければならない。(兎)
というお話。





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