大人のための寓話集 by含蓄王

三つの願い(限りなき欲望)

幸せは、幸せだと感じる心に住んでいる。


『今持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたとしても、同様に満足しないであろう。』
(アウエルバッハ)


 むかしむかし、ある山にきこりの夫婦が暮らしていました。
 いつものようにきこりは森で仕事をしていました。ひときわ大きなモミの木を見つけて斧を振り上げたそのとき、耳元で声がしました。
「その木は切らないでください。」
驚いたきこりは、斧を下してあたりを見回しましたが、誰もいません。ささやくような声が、また聞こえてきます。
「わたしは森の妖精です。そのモミの木は切らないでください。わたしたちの大切な木なのです。」
「わ、分かった。この木は切らないでおくよ。」
「ありがとう。お礼に、あなたがた夫婦の願いを三つ叶えましょう。」

 喜んで家に帰ったきこりは、妻と願い事を話し合うことにしました。
「願い事が、それも三つも叶うなんて! お前さん、何にする?」
「やっぱり、お金持ちになって長生きすることかな。」
二人は暖炉のそばに腰をおろしてあれこれ考えますが、なかなか決まりません。

 お腹の空いていたおかみさんが、暖炉の火にあたりながら思わずつぶやきました。
「この火でソーセージを焼いたら、おいしいだろうね。こんなときに1オーヌのソーセージでもあればいいのになぁ。」
すると天井から大きなソーセージが落ちてきました。
「しまった!」
おかみさんは手で口を押さえましたが、手遅れです。
「この間抜けめ! 大事な願い事が一つ減ってしまったぞ。こんなソーセージなんか、お前の鼻にくっついてしまえばいい!」
次の瞬間、おかみさんの鼻にソーセージがぶらさがっていました。
「し、しまった!」
きこりは慌ててソーセージを引っ張りますが、ソーセージはおかみさんの鼻にくっついたまま離れません。
 おかみさんが、泣きながら言いました。
「鼻からソーセージをはがしてください。」
ソーセージは鼻から落ちて床に転がりました。
「くよくよしても仕方がない。それより今日の夕食は、大きなソーセージだよ。おいしそうだね。」
「ああ、おいしそうだな。」

―― ささやかな幸せで満足しろってこと? ――

(原作あらすじ ここまで)



 三つの願いの話を聞きつけて、ある男が森に入っていった。そして、あのモミの木の前に立って斧を振り上げた。
「この木は切らないでください。」
(来たな。)
男は妖精の次の一言を待った。
「この木を切らずにおいてくれたなら、あなたの願いを三つ叶えましょう。」
「分かった、切らずにおこう。」

 金と地位と健康を手に入れよう。男は初めからそう決めていた。
「まずは、一生かかっても使い切れないくらいのお金をもらおうか。」
すると、テーブルの上に金貨が湧き出してじゃらじゃらと床にこぼれ落ち、やがて部屋は金貨で埋め尽くされた。続けて男は声高らかに言った。
「この国の王になりたい。」
粗末だった男の家は宮殿に変わった。

 男は、最後の一つの願いを残して、ふーっと大きく息を吐いた。
「三つもあったと考えるか、三つしかなかったと考えるか。百の望みが叶うならいいのになぁ。」

――えっ! これって、もしかして?――


「よし、では最後の願い事だ。病気をしない健康な体を俺にくれ。」
 予定通り三つの願いを叶えた男は、玉座に腰を下ろして独り言を言った。
「ああ、喉が渇いた。お茶が飲みたい。」
するとテーブルの上にお茶が現れたではないか。
「願い事は使い果たしたはずなのに、これはどういうことだ?」
男は、恐る恐るつぶやいてみた。
「おいしいお菓子が食べたいな。」
目の前に山盛りのお菓子が積まれた。男は、さらに続けてみた。
「新しい靴が欲しいな。」
男の靴がぴかぴかの靴に変わった。
永遠に願い事が叶うようなったと思い込んだ男は有頂天だった。
「これで、隣の国の兵隊が攻めてこようが、お金を全部使い切ろうが、どんな困難も解決できる。どんな欲望も満たすことができる。」
 しかし、男が寝床に就くころには、せっかく百に増えた願い事もすべて使い尽くされていた。

――気付けよ、男。――


 次の朝、願い事が叶わなくなっていることを知った男は、昨日自分が言った「百の望みが叶うならいいのになぁ。」という言葉を思い出し、じだんだを踏んで悔しがった。

――おせーよ。でも、金と地位と健康が手に入ったんだからいいじゃん。――


 「飯、食いてー。」
「コーヒー飲みたい。」
「素敵な恋人が欲しい。」
「会社休みたい。」
「あんなヤツ、死ねばいい。」
「宝くじ、当たんねーかな。」
何々が食べたい、何々が欲しい、何々がしたい。些細な欲求から妄想まで、人の欲望はとどまるところを知らない。
 あなたは一日何回、望みや願いをつぶやいていますか?

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