大人のための寓話集 by含蓄王

泣いた赤鬼(と青鬼)

分かってやってくれ、鬼たちは悪くないんだ。


『山から遠ざかればますますその本当の姿を見ることができる。友人にしてもこれと同じである。』
(アンデルセン)


『愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。他人の運命を傷つけることを畏れる心である。』
(倉田百三)


 山の中に、赤鬼と青鬼が住んでいました。二人の家は谷をへだてていましたが、お互いの家を行ったり来たりして、たいそう仲良く暮らしておりました。赤鬼は、谷を渡る途中に見えるふもとの村を眺めながら、いつもため息をついていました。
「人間たちとも仲良くなりたいな。」
しかし、村人たちは鬼の姿を見ただけで震え上がり、鬼のいる山に誰も近づこうとはしません。そこで赤鬼は、山の入り口に立て札を立てることにしました。
『心のやさしい鬼のおうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子とお茶も用意してあります。』

 「心のやさしい鬼なんているものか。人間をだまして、食べてしまうにちがいない。くわばら、くわばら。」
村人は恐がって、誰一人として遊びに行こうとする者はいません。赤鬼は、悔しくて悲しくてふさぎこんでいましたが、とうとうしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。

 赤鬼が立て札を引き抜いた次の日、ふもとの村では大騒ぎが起こっていました。青鬼が金棒を振り回して暴れ始めたのです。青鬼に追いたてられて、村人たちは逃げまどいます。そこに現れた赤鬼が、乱暴な青鬼をこらしめて村人たちを守りました。
 青鬼が考えたこの芝居のお陰で、村人たちは赤鬼にすっかり心を許すようになりました。

 こうして、何人もの村の人たちが赤鬼のところに遊びにきてくれるようになりました。赤鬼は、人間と友だちになれたことが嬉しくてたまりませんでした。しかし、あの日からぱったりと訪ねて来なくなった青鬼のことが心配で、心が晴れません。
 赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が固く閉ざされていました。気がつくと、戸のわきに貼り紙がしてあります。
『赤鬼くんへ。人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれませんので、ぼくは旅に出ることにします。いつまでも君を忘れません。さようなら。君の友達、青鬼。』
赤鬼は、黙ってそれを読みました。何度も何度も読みました。そして、戸に顔を押し付けて、おいおいと泣きました。

(原作あらすじ ここまで)



――― このままじゃ、赤鬼が可哀そうすぎるぞ、何とかしてやってくれよ! ―――



 ある日、赤鬼は、遊びにきてくれた村人から、向こうの山で悪い青鬼を見たという話を聞きました。
(青鬼君は旅になんか出ていなかったんだ。)
そう思った赤鬼は、もう一度青鬼の家を訪ねます。やはり、戸は固く閉められたままです。
「青鬼君、青鬼君。」
呼んでも返事はありません。赤鬼は戸のすきまから中を覗きました。すると、暗い部屋の中にぽつんと、やせた青鬼が座っているではありませんか。
「青鬼君、青鬼君!」
赤鬼が大きな声で呼びますが、青鬼は聞こえないふりをしています。

 (ぼくは、人間と仲良くなりたいばかりに、本当の友だちをなくしてしまった。なんて馬鹿なことをしたのだろう。)
赤鬼は泣きながら家に帰りました。そして、自分の家の前に立て札を立てました。
『ぼくは卑怯な赤鬼です。ぼくは皆さんを騙していました。もう、うちには来ないでください。』
村人が理由を聞くと、赤鬼は、青鬼が暴れた日のことをすべて話しました。
「ぼくは、罰として、ここでひっそりと暮らします。皆さんは、本当にやさしい青鬼君と仲良くしてやってください。」
そう言うと、赤鬼は入口にかんぬきをかけてしまいました。

 それからしばらくして、赤鬼の立て札を覆い隠すように、新しい大きな立て札が立ちました。
『正直者の赤鬼さんへ。村の人たちは赤鬼さんも青鬼さんも大好きです。赤鬼さんのうちへまた遊びに行きたいです。村人より。』
 そして、青鬼の家の前にも立て札が立ちました。
『友だち思いのやさしい青鬼さんへ。村の人たちは青鬼さんも赤鬼さんも大好きです。出てきてください。村人より。』

 しばらくして再会した赤鬼と青鬼は、肩を抱き合って泣きました。

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