大人のための寓話集 by含蓄王

現代版「アリとキリギリス(勤労者vsニート編)

働かないやつが楽をして生きる。そんな世の中、許されるはずがない!


『我々は常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと。』
(サルトル)


『誤りと無知とによって作られた幸福など、私は欲しくない。』
(ジイド)


 アリたちは冬の間の食料を蓄えるために、夏の日の暑い盛りも黙々と働き続けました。キリギリスは、昼間は昼寝をして過ごし、夕方になるとバイオリンをひいて歌を歌い、遊んで暮らしました。
 キリギリスは、冬になって食べ物を見つけられず、飢えと寒さで死にそうになりながら、アリの家をたずねました。
 「働かないで遊んでばかりいるから、後で後悔することになるんだよ。」
アリはそう言って、キリギリスに食べ物を分けてあげました。

――― ちゃんと働きなさいっていう話かな ―――


 これは有名なイソップ童話の一つだよね(原作は「アリとセミ」)。でも、アリがキリギリスを助けるのは日本とスペインぐらいらしいよ。このお話は世界中に伝わっているけど、ほとんどの国では、キリギリスは冷たく追い返されて餓死しちゃうんだ。そして、最後はアリの餌になっちゃうんだよ。シビアな話だよね。

――― そこまでやってくれると、逆にスッキリするかも ―――


 さて、その後、日本のアリとキリギリスはどうなっただろうか。


 惨めな思いをしながらもアリさんに感謝して、キリギリスは家へ帰りました。
「この食べ物もすぐになくなっちゃうよなあ。このままじゃヤバイな。」
 次の朝、キリギリスは役所まで出かけて行きました。
「あのー、生活が苦しくて死にそうなんですけど、何とかしてくれませんか。」
「君ねぇ、若いし体も健康そうだし、働けるだろ?」
「一年間仕事を探し続けましたが、誰も雇ってくれないんです。もう限界です。お金をください。」
 そんなやりとりがあったかどうかは分かりませんが、とにかく、キリギリスは働く気なんてさらさらありませんでした。


 次の年の夏。
 照りつける太陽の下、相変わらずアリさんたちは仕事に精を出しています。アリの子どもたちもせっせと仕事を手伝います。木陰ではキリギリスが歌を歌っていました。遊んでいるキリギリスを横眼で見ながら、アリのお父さんは子どもたちに向かって言いました。
「楽というものは働いた後にするものなんだよ。楽ばかりしていたら、生活できなくなっちゃうんだよ。さあ、日が暮れるまで頑張って働こう。」


 やがて寒い冬がやってきました。
 アリさんたちは暖かい部屋で一家団欒のときを過ごしています。倉庫には食料がたくさん貯えられています。
 トントン、トントン。誰かがドアをノックします。
(ははあ、またキリギリスがやって来たな。)
そう思いながらアリが扉を開けると、そこには立派な格好をした黄金虫が立っていました。
「アリさんのお宅ですね? 税務署の者です。」
黄金虫はずかずかと家に押し入ると、すべての部屋の隅々まで調査をして周りました。
「だいぶ貯め込んでいますねえ。ちゃんと税金を払ってもらいますよ。」
黄金虫は書類にペンを走らせると、アリさんに手渡しました。
「えっ! そんなに持って行かれたら冬を越すことが出来ません。なにとぞご勘弁を。」
アリさんは黄金虫に懇願しますが聞き入れてもらえません。結局、正直者のアリさんは、黄金虫の言うがままに税金を納めました。
 アリのおじいさんがアリさんを慰めます。
「大丈夫、なんとかなるよ。もうすぐわしの年金が下りるようになるから。」
今となっては、おじいさんの年金に頼るしかありません。アリさんはおじいさんの手を握って悔し涙を流しました。
 それから数日して一通の郵便が届きました。年金の支給開始年齢が六十五歳から七十歳に引き上げられるという、役所からの知らせでした。


 クリスマスイブの日。
 アリさん一家は暗い部屋で深刻な顔をしています。会話もほとんどありません。
 トントン、トントン。誰かがドアをノックしました。アリさんが覗き穴から覗くと、キリギリスが立っているのが見えました。
(キリギリスのやつめ、いい加減にしてくれ! お前にやる食べ物なんて残っちゃいないんだよ!)
アリさんはドアを開けようとはしません。
 キリギリスが去った後、アリさんが扉を開けてみると大きな箱と手紙が置いてありました。箱には、クリスマスのご馳走がいっぱい入っていました。
『去年の冬には、食べ物を分けてくれてありがとう。これはクリスマスパーティーの残り物ですが、皆さんで召し上がってください。ボクは、あれから路上ライブで楽しくお小遣いを稼いでいます。友だちもたくさん出来ました。役所から毎月お金をもらっているので生活には困りません。安心してください。』


 また夏がやって来ました。
 キリギリスは今日も木陰で歌を歌います。その傍らではアリたちが一生懸命に働いていました。
「おや? いつものアリさんとアリのおじいさんの姿が見えないな。どうしたんだい?」
キリギリスが訊ねると、アリの子どもは悲しそうに答えました。
「おじいさんは亡くなったの。お父さんは病気になったの。」
 アリのおじいさんはこの春に、年金を一円も受け取ることもなく他界したのでした。そして、頑張り過ぎたお父さんは過労で倒れてしまったのです。

 アリの子どもがぼそっと言いました。
「キリギリスさんとお友だちになりたいな。」

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