大人のための寓話集 by含蓄王

黄金と石(老後の蓄え)

爺さんは奪われた黄金を取り戻すが・・・


『愚か者は、金を持って死んでいくために貧乏で暮らす。』
(ブロッケス)

『金銭は人間の抽象的な幸福。だから、もはや具体的に幸福を享楽する能力のなくなった人は、その心の全部を金銭にかける。』
(ショーペンハウエル)


 あるお金持ちの爺さんが、自分の財産をすべて金(きん)に替えました。
「こんな大事なものを自分で持っているのは不用心だ。」
爺さんは、黄金を人通りのない山の中に埋めました。
しかし、心配で夜も眠れません。
「わしの宝物は無事だろうか?」
それからというもの、毎日、黄金を埋めた場所に出かけては無事を確かめました。

 爺さんが毎日山に出かけて行くのを、近所の職人が見ていました。
「一体、何をしているのだろう。」
不思議に思った職人は、爺さんの後をつけて行きました。
「ははあ、あそこに何かを埋めてあるんだな。」
爺さんがいなくなるのを待って職人が穴を掘り起こすと、金の塊りが出てきました。

 次の日、爺さんがいつもの場所に行ってみると、そこには大きな穴がぽっかりとあいていました。穴の中は空っぽです。
爺さんが真っ青な顔をしてふらふらしながら歩いていると、若い男が声をかけました。
「顔色が悪いようですが、どうしました?」
爺さんは答える元気もなく、その場に崩れ落ちました。
「わたしの家は、このすぐ近くです。少し休んでいきましょう。」
爺さんはとぼとぼと、男の後ろをついて行きました。

 事のいきさつを聞いて、若い男が言いました。
「なんだ、そんなことか。だったら泥棒を捕まえればいいでしょう。」
「誰が盗んだのかも分からないに、どうやって捕まえるのじゃ?」
「黄金の代わりに石を埋めておくのです。そして毎日、その石が無事かどうかを見に行きなさい。」

 爺さんは男に言われた通りに、穴に石を埋めて毎日出かけました。
「こんな石ころを見張っていて何の意味があるのじゃろうか?」
この様子を職人が見ていました。
「はて? 金の塊りは俺がいただいたのに、爺さんは何をしに山に出かけているのだろうか。ひょっとしたら、また別の宝物を埋めたのかもしれないぞ。」
職人は爺さんのあとをそっと追いかけます。
後ろからついてくる怪しい人影に気付いた爺さんは、石を埋めた意味がやっと分かりました。
「ははーん。」
物陰に隠れて見ていると、さきほど爺さんが見回った場所を職人が掘り起こし始めました。
「お前だったのか!わしの大切なものを返せ!」
こうして爺さんは、黄金を取り戻しました。

 爺さんが、若い男にお礼を言いました。
「あなたさまの知恵のお陰です。ありがとう。」
「よかったですね。ところで、盗っ人が石を掘り出そうとしたのは何故だか分かりますか?」
「宝物が埋まっていると思ったからじゃろう。」
「あなたは毎日、穴を見回りに行きましたが、黄金を埋めたときと石を埋めたときと何か違いましたか?」
「いや、穴の中は見えんから、どちらも同じようなもんじゃ。」
「ほほう。では、穴の中に入れておくだけなら黄金も石も同じではないのですか?」
「でも、掘り出せば金には値打ちがある。」
「いえ、いえ、掘り出しても何も変わりませんよ。それを使わない限り、金も石と同じなのです。」
「これは、わしの老後のための大事な蓄えなのじゃ。」
「ふむ。失礼ながら、あなたはあとどれくらい生きるつもりなのでしょう。今がその老後ではないのですか?」
爺さんは、しばらく考え込んでいましたが、何も言わず、頭を下げて去っていきました。
 小さくなる爺さんの背中を見つめながら若い男がつぶやきました。
「世の中のお年寄りたちよ、その財産を役立ててくれ。黄金の方が石よりも値打ちのあるところを見せてくれ。」


――政府はその年、孫への贈与を1500万円まで非課税にする方針を打ち出した――

大人のための寓話集