大人のための寓話集 by含蓄王

白鳥の湖(真実の愛を求めて)

悪魔の策略にはまった王子は・・・


『嫌いな人の庭園の中で自由に生きるよりも、好きな人のそばで束縛されて生きるほうがマシである。』
(サーディー)


『愛することと愛されること。それより大きな幸福なんて、私は望みもしないし知りもしませんわ。』
(モラティン)


 お城の中庭ではジークフリート王子の誕生祝いの宴が開かれていました。友人たちから祝福の言葉とお祝いの品を次々と贈られて陽気に振る舞う王子でしたが、心は晴れませんでした。
 亡き父のあとを継いで自分が王となり、まつりごとを行い、民衆を率いて行かなければならない。そして何より、まだ本当の恋をしたことのない王子には、形だけの結婚を強いられることが無念であり、心の底には絶望感が渦巻いていました。
 母親が王子に言いました。
「明日の舞踏会にお前の花嫁候補を数人呼んでいます。その中から妃を選びなさい。」

 中庭の空を白鳥の群れが飛んで行きました。
「あんな風に自由に空を飛び、思うがままに暮らせたらどんなに幸せだろう。」
 王子は魅入られたように白鳥を追いかけ、ふと気がつくと湖のほとりに来ていました。白鳥の群れが湖面を滑るように泳いでいます。王子は白鳥の群れを見つめます。すると突然、あたりがまばゆい光に包まれて、王冠を載せた白鳥が現れたかと思うと美しい娘へと変わりました。

 娘の名はオデット姫。娘はぽつりぽつりと身の上を話し始めました。
 湖のほとりで侍女たちと花を摘んでいたとき、悪魔に襲われて呪いをかけられたこと。
 夕暮れから夜明けまでは人間の姿でいられるが、昼間は白鳥の姿になってしまうこと。
 そして、今まで誰にも愛を誓ったことのない純真な青年によって永遠の愛が誓われたとき、この悪魔の呪いが解けるのだと言うのです。
 王子はオデット姫の美しさにすっかり心を奪われました。
「明日の朝、お城の舞踏会で花嫁を選ぶことになっています。ぜひ来てください。私が、あなたにかけられた呪いを解いてみせましょう。」

 やがて湖が朝日に照らされると娘の姿は消え、王子の足元には白鳥の羽がひとつ残されていました。現実だとは思えないような不思議な出来事でしたが、白鳥の羽を拾い上げた王子の心はオデット姫への愛で満たされていました。

 お城では、お妃選びのための舞踏会が盛大に催されています。お妃候補の娘たちは王子の気を惹こうと愛嬌を振りまき、次々と華麗なダンスを披露します。
 母親は、気に入った娘がいたかと何度も問いますが、王子は首を横に振るばかりでます。
「この中の誰とも結婚したくありません。」
 王子はオデット姫を待ち続けますが、昼間は白鳥の姿のオデット姫が現れるはずもありません。
 宴も終盤のそのとき、ファンファーレが鳴り響いて新たな来客を告げました。黒いドレスに身を包んだ大貴族の娘、オディールが現れました。オディールの姿を見て王子は息を呑みました。オディールはオデット姫にそっくりだったのです。オデット姫が人間の姿に戻ってやって来たに違いない。王子の心は高鳴ります。

 その頃、大広間の窓の外では一羽の白鳥が必死で羽ばたいていました。心配したオデット姫が様子を見に来ていたのです。
「ああ、悪魔の策略にはまらないで!」

 王子は有頂天になって、オディールとダンスを踊りました。
「私のお妃になってください。」
 王子がオディールに永遠の愛を誓ったそのとき、真っ黒な雲が城を包み込み、稲妻が光り、雷鳴がとどろきました。悪魔が送り込んだ娘、オディールは目的を果たすと高笑いをして城を去って行きました。
 事の顛末に気付いた王子はがっくりと崩れ落ちます。そして、城を飛び出すと、オデット姫を探しに湖へと走りました。

 日が沈む頃、悲しみに打ちひしがれたオデット姫が姿を現しました。その足元に身を投げ出して王子は許しを乞います。もはや手遅れだと知りつつも、互いに愛し合うようになっていた二人は夜が明けるまで抱き合っていました。

 東の空が明るくなると悪魔が姿を現しました。悪魔は王子に向かって言いました。
「お前はオディールとの約束を守らなければならない。」

 オデット姫との愛を引き裂かれた王子は怒りに震え、悪魔に立ち向かいます。しかし、悪魔はあざ笑うかのように王子を一蹴、翼を羽ばたかせて嵐を巻き起こします。湖が激しく波打って洪水が押し寄せ、王子を飲み込んでいきました。波間に沈みゆく王子の目に、向こう岸で悲しげにもがく白鳥の姿が映ります。
 「何としてもオデット姫を助けるのだ!」
王子は、荒れ狂う波に溺れそうになりながら必死で泳ぎ、ついに岸に辿り着きました。

 悪魔が言いました。
「よくぞ、あの荒波から逃れられたな。よし、ここで最後の決着を付けようではないか。お前が俺に勝つことができればオデットを人間に戻してやろう。だが、もしお前が負ければ・・・」
 悪魔の言葉が終わらぬうちに、王子は突進して行きます。何度も何度も地面に叩きつけられますが、王子はその度に立ち上がります。しかし、もう王子の体はぼろぼろで、腕を上げる力も残っていません。
 「もう止めてください。」
オデット姫が、王子を覆い隠すように翼を広げます。
 「負けを認めるのだな。」
悪魔は不敵な笑いを浮かべて去っていきました。

 嵐の去った湖のほとりには二羽の白鳥が残されていました。戦いに敗れた王子は白鳥に変えられていたのです。
「ジークフリート王子! ああ、何てこと! あなたまで白鳥に変えられてしまうなんて!」
オデット姫は、王子の傷ついた翼をそっと撫でました。
 「姫、悲しまないでおくれ。私が望んでいた幸せを手に入れることができたのだから。」
 王子はオデット姫をきつく抱きしめました。

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