2000年以上前の中国の「五行思想」
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平安時代に日本に伝えられる
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幕末から明治にかけ、運命学として体系化される
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昭和初期に、簡素化されて姓名判断が生れる
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現在の様々な流派へと派生
これが、現在主流となっている天格、人格、地格、外格、総格の五格で占う姓名判断の歴史です。つまり、
日本の姓名判断は、中国から伝えられた思想を基に作られたということになります。
「9、10、12、14などは悪い数字」、「11、13、15、16などは良い数字」といった具合に、画数の一つ一つに吉凶を割り当てて占う方式は、庶民にも分かり易く(その根拠が問われることもなく)、発表されて以来絶大な支持を得ました。
姓名の文字の組み合わせである格の画数で占うという点で、その後の流派のほとんどが同じ方法を採用しています。また、吉凶表と呼ばれる画数の良し悪しをみるための一覧表は、どの流派でもほとんど同じ内容のものが使われています。
さて、姓名判断とは、たくさんの名前を分析して検証を積み重ねた結果に生れた占いである・・・疑いも無く、そのように思っていた人も大勢いることでしょう。実は私も、漠然とそう思っていた一人でした。しかし、
これまでに姓名判断の根拠となる統計的な裏付けが公表されているのを目にしたことがあるでしょうか?
平民が姓を名乗ることを許されるようになったのが明治3年。そして昭和の初期に姓名判断が生れたとされていますから、その間、僅か約60年。人間の寿命から言えばたった一世代のスパンであり、姓名判断の仕組みを構築するには余りにもデーターが不十分な状況だったはず。「健康長寿で大吉」はともかくとしても、「子孫が益々繁栄」などと、どうして次の世代のことにまで言及できたのでしょう。
初めに姓名判断ありき。それが当たるのか当たらないのかの判断・検証は、後世の人々に委ねられていたと言わざるを得ません。はっきりと申せば、
従来の姓名判断に根拠は見い出せないということになるでしょう。
姓名判断って、ホントは・・・
この疑問を解決するには姓名を
統計的に分析をして確認してみるしかありません。
名前の画数と人の運命は関係があるのか?
これは、お金持ちの人、社会的地位の高い人、芸術的才能に秀でた人など、同じ特徴を持つグループの人たちの名前と一般の人たちの名前とを比べて、画数の分布に違いが見られるかどうかを調べれば分かります。全てのグループにおいて一般姓名との差がほとんど認められないということであれば画数と運命は関係無いことになります。一方、一般姓名との差がハッキリと表れたり、グループによって画数の分布の傾向が異なったりするのであれば、名前の画数が人の生き方に何らかの影響を与えていると考えられるでしょう。
良い画数・悪い画数というものが存在するのか?
幸福なグループと不幸なグループの名前を一般的な姓名と比較すればよいことになりますが、その人生が良いもの
であったかどうかは、その人自身に聞いてみなければ分からないことですから、幸・不幸で安易にグループ分けすることはできません。
しかし、客観的に見れば、多くの人たちがお金持ちになりたいと願い、出世して偉くなりたいと望み、社会的地位の高い人を尊敬し、才能を開花させた人に憧れる。その一方で、犯罪者を軽蔑し、事件や事故に巻き込まれた不運な人たちには憐れを感じて同情し、誰もが、犯罪者にはなりたくないし、不遇の死を遂げるのは嫌だと思っています。
大多数の人にとって、地位や名誉や財産は歓迎され、犯罪や事故は避けたいもの。つまり、地位や名誉や財産に恵まれた人たちのグループに共通して出現率が高い画数を見つけることができれば、それが良い画数。犯罪者や事故死者に共通して多く出現する画数があればそれは悪い画数だということになります。
名前の文字の組み合わせである五格と、実験的な格「頭格」を分析の対象とし、「名前の文字と文字の組み合わせを格と言い、格の画数によって占う」という一般に普及している姓名判断の方法を踏襲した上で、
10万人を超える日本人の名前の画数をグループに分けて集計しました。
天格…姓の画数の合計
人格…姓の末尾文字と名の先頭文字の画数の和
地格…名の画数の合計
外格…名前の画数の合計(総格)から人格を引いたもの
総格…名前の画数の合計
頭格…姓の先頭文字と名の先頭文字の画数の和
※本分析は、統計結果を基に姓名の画数がもつ傾向を分析するものです。運勢を占うためのものではありません。世の中に出回っている占い(いわゆる姓名判断)とは異なった結果となります。