感覚カテゴリーとして、視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚などのいわゆる五感がありますが、感覚の一受容系で受け止めた刺激がその感覚器官以外の系統に属するはずの感性反応を引き起こすことを「共感覚」(synesthesia)と言い、色聴はその代表的なものと言えます。また、「黄色い声」などの共感覚的傾向は一般的な体験ということができ、これを「モダール間現象」 (intermodal phenomenon)といいます。

 色聴による、音階と色の関係
 これまでに私が行った、色聴所有者の方々からの聞き取り調査では、色聴所有者は、音階や音楽に色を見るだけに留まらず、「文字や数字に色が付いて見える」、「言葉や名前から色を感じる」などの現象もほぼ一様に体験していることが分かりました。これらの感覚は、「何となくそんな気がする」といった曖昧なものではなく、「ハッキリと色が見える」のだそうです。
 また、色聴所有者のほとんどの方々が絶対音感をもっているという点でも共通していました。音と色が結びつくという感性反応は、鋭い音感があってこそ起こりうるのです。もちろん、絶対音感のもち主と色聴所有者がイコールということはありませんが、色聴所有者は例外なくシャープな音感をもっているのは間違いありません。
 さて、音や音楽、言葉や数字、文字からどのような色が見えるのか? 実は、色が見えるという現象は同じであっても、どんな色が見えるのかとなると色聴所有者によって個人差があり、「この場合はこの色」とは一概には言い切れないのです。例えば、ドレミファソラシの音階では、
 「ド」 無彩色(白・黒)、または赤
 「レ」 ほとんどが黄色
 「ミ」 黄色、オレンジ色、緑
 「ファ」青、またはオレンジ色
 「ソ」 青、または緑
 「ラ」 赤、または紫
 「シ」 無彩色、または黄色
といった具合で、「レ」だけはほとんどの人が黄色ですが、他は、似た傾向こそ見られるものの、一致するというわけではありません。
 ただ、かなり大雑把な考察ではありますが、「ド」から「シ」まで音が変化する(周波数が高くなり波長が短くなる)過程で、音に対応して、光の波長も「赤系」→「黄系」→「緑系」→「青系」→「紫系」のように次第に短くなっていくと見ることもできます。
 一受容系で受け止めた刺激が他の感覚器官による感性反応を引き起こす……共感覚は、感覚器官の分化のなごりによって起こると考えられています。共感覚の1つである色聴は、受容された「音」が聴覚の壁を越えて視覚に働きかける現象ですから、音と色が波長(周波数)の関係によって結びつき、音の波長の違いに対応した色彩を想起させるとしても不思議はないでしょう。


 色聴に関する資料の一部をご紹介します

●色聴は子供にひとしく共有され、おそらく原始人には広く存在したと考えられます。

●色と音の関係について、1931年にカール・ジーツ(Kari Ziets)が最初の実験を行っています。低音や高音を響かせた部屋でカラーカードを1秒間見せるという単純なテストでしたが、大変に興味深い結果が得られています。低音の場合、カラーカードの色は色相環上の隣接色となり、色相は青か赤味を帯びて実際よりも濃い色に感じられます。高音の場合には黄色味を帯び、淡く感じられます。

●1931年、カール・ジーツ(Kari Ziets)の説によると音階による色聴は、ドは赤を、レは菫色、ミは黄金色、ファはピンク、ソは空色、ラは黄色、シは銅色、そしてオクターブの異なる音階も同じ色調となっています。また、それぞれの音にフラットが付くと暖色を、シャープが付くと寒色を連想させる傾向があります。

●女性のカン高い声を黄色い声と表現しますが、それは高低に若干の差はあるものの「ラ」の音であることが判っています。

●色彩と音楽には強い結びつきがあります。物理的な周波数の関連は考えられませんが、色彩と音楽との調和についてのフィーリングは万人に共通するものです。

●ゆるやかな音楽は青を、テンポのはやい音楽は赤を、また高音は明るい色を、低音は濃い色を連想させます。

●音楽全体から色聴をみると、高い音調は明色(ある色に白が加わってできる色)になり、低い音調は暗色(ある色に黒が加わってできる色)に傾斜します。フォルティシモになると色は接近し、重くなります。ピアニッシモになると色はかすんで灰色がかって遠のいていきます。

●W・R・ワグナー(ドイツのオペラ作曲家)は音楽家として色彩と音楽にふれ、V・カンジンスキー(ロシアの画家)は色彩のリズムとハーモニーを音楽的に計量し、画面の動きの効果を求めました。

●ウォルト・ディズニーの作品「ファンタジア」は音楽映画として色彩と音楽を融合させた最高傑作です。この作品の中でも、ベートーベンの交響曲、第六番ヘ短調「田園」作品68の全曲が色彩に翻訳され見事に描かれていました。

●スクリャービン(ロシアの作曲家)が音楽の中に色彩を持ちこんだ話はあまりにも有名である。彼は最後の作品『プロメテウス』において「色光ピアノ(虹の七色が鍵盤によってスクリーンに投影される)」を使用した。

●価値、活動性、軽明性の3因子を用いたSD法による色の象徴性・共感覚の研究
・価値も活動性も軽明性もすべてが高いパターンには音楽の「カルメン」が該当した。
・すべての因子が低いパターンには灰色と象徴語の<不安>と<孤独>が該当した。
・3因子についてすべて中庸なものとして暖色と寒色の中間にある青緑・青紫・赤紫・茶・紫の5色と音楽の「ペルシャの市場」が分類されている。
・価値と軽明性が高く、活動性のみ中庸なパターンに緑色と音楽の「田園」と象徴語の<幸福>と<創作>が分類された。
・活動性のみ低く、他が高いパターンに白色と音楽の「四季:春」と雲雀の声が分類された。
・価値が中庸で活動性と軽明性が高いパターンに赤・橙・黄色と象徴語の<驚き>が分類された。
・価値が高く、活動性が低く、軽明性が中庸なパターンに青・黄緑色と象徴語の<時間>が分類された。

●水平の次元では時間で音楽を展開し、垂直の次元ではピッチの変化であり、深さの次元では音量といった意味で色彩が役立つのです。

●何人かの心理学者の色彩と音楽の共感覚に関する研究によれば、暖色は長調の曲、寒色は短調の曲というように各色の持つ雰囲気にふさわしい色を当てはめることはできる。

●被験者は9割以上が絶対音感の持ち主で、彼らに最も共通していたのは、ハ長調=白だった。順に、ト長調=青、ニ長調・ホ長調=橙や黄色、イ長調=赤といった色彩イメージがあることもわかった。実際、イ長調にはショパンの『軍隊ポロネーズ』やベートーベンの『交響曲第七番』など華やかな明るいイメージの曲が多く、緑をイメージした人の多いへ長調にはベートーベンの『交響曲第六番・田園』や『バイオリンソナタ第五番・春』などがある。
しかし、シャープやフラットが増えるほど色彩イメージは個人差が大きく、特定できない混合色の場合もあった。また、音を聴かずに、○調といわれたときに頭に浮かぶ色と、実際に音を聴いたときに感ずる色がある程度一致した。

●科学的な技術は進歩したにもかかわらず、音楽と色彩とが一つに統合された芸術はまだ生まれていない。二つの感覚器官による感覚間の結合が不明瞭だからである。
音楽と色彩との同時演奏ができるようになるためには、視覚と聴覚を結ぶ法則関係をもっと知らなければならない。

《参考文献》
「色彩効用論」野村順一著・住宅新報社
「色を心で視る」千々岩英彰著・福村出版
「音のなんでも小事典」日本音響学会編・講談社BLUE BACKS
「絶対音感」最相葉月著・小学館
「人はなぜ色に左右されるのか」千々岩英彰著・KAWADE夢新書
「色彩心理学入門」大山正著・中公新書
「色彩科学ハンドブック」東京大学出版会


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